知己(自分)自身が、あえてこういうブログ管理で、電子書籍の良さを唱えるような手法で、雑記などの記事を書いているのかを、少しまとめてみたいとおもいます。
あくまでも【どこにでも生活しているような一般人でもできる活動などを主張するブログ】でもありますが、いつもブログ記事を手軽に読んでくれている方などが少なくてもいるだけで嬉しい感じです。
電子書籍についての評価や、通常書籍についての評価など、異論やアドバイスなどある場合、コメントなどで指摘してくれると情報の材料としても助かります。



・そもそもこの雑記ってなに?



この雑記は、いろんなひとに観てもらったり感想を寄せてもらいたい意味でも書いていますが、特に売りたいわけでもなく、知己(自分)が個人の経緯でお世話になっている法人や福祉などのボランティア関係のひとたちへの情報提供や議論、ほか、身内などの相談事情においての自分の気持ちの意志表示や感想文のつもりでしか書いていませんし、【ついでにインターネット上に情報共有の場を利用させてもらって載せているレポートみたいなもの】です。
あと、間違いや批判の部分などあれば、【コメント部分での指摘も特に非公開や承認制の管理にするつもりもなく、原則、個人情報とか法律違反で迷惑が被るような内容以外は全表記のスタンス】でやろうとおもっています。
コメント承認制にして「自分勝手に都合の良いコメントだけ表記している」など、要らぬ疑惑をおもわれたくもないですし、そこんところ、特にコメントも情報共有の考察材料として助言など詳しく提供してくれる内容などからケンカなどから学べる怒気なども、いろいろスパム荒らしなどのそもそもの投稿板破壊行為など以外は、歓迎はします。



・本としての出版でやりたくない理由



インターネットに触れて、いろんな情報ページなどに影響を受けてからという以降、はっきり言って、知己(自分)は、本という媒体が嫌いになりました。
そもそも、このブログを閲覧している方なら、多分、認識してるとおもいますが、【ケータイやPCでアクセスをするだけで読むことができる点】とか、【電波通信費などだけの料金で読むことができる点】などに、大きな利点を認識してはいませんか?
そして、そういうインターネット端末があるだけで、このブログ記事だけじゃなく、インターネット検索で様々なページを読むことができることに、大きな喜びを感じてはいませんか?
他にも、ツイッターの管理や情報ツイートもできますし、掲示板サイトにアクセスして情報の流れなどの情報を読んでいくことも、医学とか法律とかの専門知識の部分にまつわる公式ページなど、【片手や机の上に置けるだけの物理量で、その情報量はもはや本の物理量や情報量など比較にもならないほど遥かに凌駕してるもの】だとおもいます。

そうやって、【本にすると物理量が書庫レベルにもなってしまうほどの情報量を、ホントに狭い1部屋しかないアパートやマンションの1室であろうが管理できてしまうこと】になりますし、【引っ越しなどの現実事情がある際にも、持ち運びに困ることなど、本の物理量と情報量の比に比べたら、遥かに手軽すぎる】ものだとおもいます。

後は、本には、自然資源などの使用する生産問題もあるとおもいますし、人材労力のムダなども現実問題としてあるとおもいます。
恐らく、雑誌みたいに大量出版する場合は、紙やインクなどの材料を、大量に資源から摂取しては、加工を施したり、印刷するためのインク液など、消費量も浪費量もかなりの量になるとおもいます。
【紙は、そもそも木材という自然資源になりますし、そして、その自然資源を、わざわざブログ記事や電子書籍などの手法がありながら、わずらわしいやり方で資源消費してつくり、インターネット情報に比べれば、わずらわしく読めるような物にして出版する理由って、今、こういう現代において需要があるのでしょうか?】
もっと、その木材を需要あるような別の用途で遣う方法や、そもそも自然の場所に遺しておけるようにすることも大切なのではないですか?

最近のインターネット端末には、さらにルーペのような画面拡大の機能も備わっていますし、いちいち虫メガネの類いの物を用意しながらページをめくる必要もありません。

どうしても紙として配りたいとかあるなら、少なくとも、このページは各自で印刷しても良いことも、一応、トップ記事のページに記載しています。

あと、本は、なにか内容に大きな責任上の訂正部分があった場合、訂正の呼びかけや物品回収の事情になった場合に、【ブログ記事のような訂正部分の指摘があった場合に、即座に訂正更新して、訂正したことを報告するなどの手法ができず、本として物理的に手元に渡ってしまっている情報に、訂正を伝達するのが物凄く面倒】です。

本としての情報書物の役割のメリット部分は、もはや、古好みなどの個人趣味など以外に、ほとんどメリットゝして存在できるものではないという観解を、知己(自分)は、こゝに記しておきます。



・出版業界や雑誌は滅びる



『ノンポリのオタク』のひとの番組内の発表内容『本と雑誌と書店のこれからを考えるというテーマにも関わらず、既得権益と過去の成功体験へのノスタルジーに浸る雑誌・出版業界を全否定したあげく、「雑誌は滅びる」とまで言い切って、聞きに来ていた出版関係者から反論を受けてしまうというありさま。』
…この部分も、いろいろ観せられて、知己(自分)が考慮したこともあります。
出版業界などもそうですが、いくらかの政治家や事業体の在り方なども、【更年期を迎えたまんま成長も環境適応の能力さえも失ったような過去の亡霊体】のようなのが、【なにを年齢などの今現在における実力や根拠もないものを誇示し続けているのでしょうか?】
…特に、インターネットに触れて、ネット内とはいえ、いろんな世間情報を観てきておもいます。

【今現代において、インターネットなど開発で環境革命が起こり、文書などの情報は、ほとんどが金銭価値すら観出せないものとなってしまっている実状】だというのに、【意識が更年期のまんま過去の亡霊体となってしまった存在が率いる業界の連中が、無理矢理に金銭収益に持ち運ぼうとするために、さらに虚偽や捏造や印象操作や、一般民衆に対して宣戦布告を促すような詐欺報道】など、雑誌・出版業界こそが、日本国の敵の立場になってしまっているような現状とか、大きな不正や歪みなどを痛々しく感じたりします。

なるべくなら、無償の気持ちや、あらゆる一般人でも馴染んだりできたり、あらゆる一般人でも活動ができるような、そんな一般共有性を唱えたり、また、不平不満をできるだけ平等意識に持っていくようなつもりのためでも、プライバシーに守られた範囲で、そこいらの貧しいながらも趣味や生活をしている【一般人】として、どこの業界や業者である所属も語ることもなく、金銭事情や責任問題も持ち込まないようなこういう雑記などの筆記やいろんな活動も、気軽や気儘でやっていくつもりですから、気軽や気儘な気持ちでこの雑記など読めてもらえたり、話題材料の役割になってくれるなら、嬉しくおもいます。



・業務や仕事としてやらない夢



そもそも、こういう雑記なども、業務や仕事としてやるつもりありませんし、全部、ボランティア理由で【知己(自分)が無償で気持ちの向くまんま】に勝手に書いていることです。
【知己(自分)が無償で気持ちの向くまんま】に勝手に書いていることです。
はいはい、トートロジー…大事な事なので2回言いました。

いくらか、知り合いの繋がりからの紹介で、【知己(自分)が夢や目標としてやりたかったことを業務や仕事などの内容を教えてもらったことなどもありますが、全て断っています。】
こういう雑記にしてもそうですけど、業務や仕事として【売るための印象操作も加えたくなければ、夢や目標にしていたことに自分の気持ちにウソをついてまで、世間に合わせたくもありません。】
そして、知己(自分)のやっていることは【自らの金銭収益など含むエゴイズム(利己主義・いわゆる私欲など邪念欲望)な要素を極力は排除した方法】によるものをモットーとしていますし、仮に、そういう業務や仕事としてやることになると、多分、こういった記事を書く気にもなれなくなりますし、こういった記事を書くのも嫌になってしまったり、知己(自分)のなにかの良さが壊れてしまいそうな気がします。

【あくまでも、夢にしていることは、ホントに純粋な気持ちでの自己表現でやれることが、まず知己(自分)自身としての実感の充実感であり、また、夢にしていた自己表現は、余計な壁や権限なども立てない、より読んでもらいやすい伝えやすい、そういった無償の環境でこそやれることが、知己(自分)にとって純粋な気持ちとして嬉しいんです。】

仮に業務や仕事でやるにせよ、どんな金銭利益などあろうと、ひとや世間に騙しのような怨念やショックを与えるようなものであってはならないとおもいますし、自分の心や気持ちを閉ざしてしまうような環境とか不純な夢であってもならないとおもってますし、また、どうしても業績を上げなくちゃならないなどの期待や重圧を背負いながらこういう自己表現をしたくもありませんし、人間関係に振り回されたりして犠牲になってしまうようなことにも、なるべくならしたくありませんから。

こういう知己(自分)の投稿作品の全般は、余計な濁りなどもないような純粋な夢の意識とか持ってやっていたいものですし、そういったあらゆる意味でも、業務や仕事として動くような連中全般のキレイ言など、基本的にことごとく否定する体勢を、基本体勢にしているつもりです。



・あとがき



こういったブログ記事や活動のやり方は、最近、主流になってきている『同人・同好』などのスタンスで流通してきているもので、こういう思想のひとがサークル形成で集まり、みんなに同人・同好の意味で持ち上げられながら成長していった企業の『ベンチャー企業』などのことも、社会意識として着目されていってる流れもあります。

【そもそも、ボランティアで活動するひとなどを商売敵にするにしても、活動や作品などに対する真心を失ったり、印象操作や破壊工作などの陰湿戦争を生み出してしまうような商売手法は、もう心を失ったりして人間性が欠落してるとかの人道の無き人外として滅んで良いとさえおもいます。】

今回のこの、【今の時代における本という媒体のムダ】にさえも気遣いもできず、そういった更年期を迎えて時代の流れとか時間や空間も停止してる過去の亡霊体のような生き人間に、世間の印象操作なんかされたくありませんので、【もしもバカみたいに本とかの出版で、なおかつインターネット情報で事足りるようなものをわざわざ本にして書き直したりしてまで紙やインクなどの資源材料ムダ消費して物質生産していくような出版社や著者などいらっしゃった場合、このブログ記事のURLでも印刷物でも情報一部でも提示するなり、異論を訴えることあるならば、情報材料としてくれても構いません。】

出版業界とか、そいつらのやり方には、もうとことん印象操作や世間への騙しの悪あがきみたいなのしつこすぎるわ、幻滅したくなるほどウンザリしますね…。

2014.11.1