「ちっくしょう、やっぱダメかよ」
ゲームセンターを出て、横石は大きくのびをしながら言った。
「ふ、まだまだだな」
余裕たっぷりに答えたのは古兼だ。徹司は無言で、やはり大きくのびをする。横石には大きく勝ち越したものの、最後の対戦で古兼に負けたのが悔しいのである。
(勝てる闘いだったんだがな)
駅方面へ歩を進めながら、考えていた。
(あそこで空中コンボをミスったのが痛かったな。最後も投げじゃなくて中段技にしとけばよかったぜ)
反省を続ける徹司だったが、
「……モモはどうすんの?」
横石からの問いかけで我に返った。
「あ、ゴメン聞いてなかった。何がどうするって?」
「いやあ、劇さ。モモは何やんのかなって。どうせ剛志は役者やるんだろ?」
「や、決め付けられてんのはなんか不満だけど、たぶんな」
「だって剛志は前からやりたがってたじゃねえか。モモも、なんかやりたそうに見えるけどな?」
「……ま、やってみたらおもしろいかもって気はするんだけどね。そういう横石は?」
「俺は……うーん、選ばれたらやってもいい、ってところだな」
そんな会話を交わしているうちに、駅前にたどりついた。
「ほんじゃ、また明日な」
「ああ、じゃね」
古兼と横石はまた電車に乗って帰るが、徹司は柏駅からは自転車である。別れをかわし、徹司は駐輪場の方へ歩き始めた。
(なんだかんだでみんな、演劇のことが気になってるみたいだな)
そのことが、なんだか徹司には嬉しかった。
こうやって徐々にみんなの意識が高まっていって、合唱祭のときのように最後には一つにまとまれたら、確かに高校生活の最後の想い出としては充分なものになるかもしれない。
なるほどね、と徹司は思った。こういうことを、トッコは望んでいたわけか?
そしてもちろん、やるからには結果もほしい。
文化祭における、演劇部門の最優秀賞――アカデミー賞。
獲得できたら、最高だろうな。
いや――とれたら、じゃなくて、取りに行かなくちゃ、な……。
徹司は考えるままにA組のアカデミー賞受賞を想像してみたのだが、その歓喜の輪の中心に自分の姿を思い浮かべてしまい、あわてて首を振ってその想像を消した。
そうしたあと、ふと思った――自分は何をそんなにあわてて否定したんだろうか?
駐輪場についたところで、徹司はいったん考え事をやめ、階段を登った。今日は確か3階に停めたはずだ。
びっしりと並んだ自転車の群れの中から、徹司は自分の黒い車体の自転車を探し出し、カギをさした。
駕籠にかばんを入れ、自転車を押しながらスロープを下る。
こういった行動は毎日のことだから、実のところ考え事をしながらでも無意識にできるので、わざわざ思考を止める必要もなかったのだが、徹司は何故だか先ほどの想像の続きを考えるのが怖かった――そう、怖かったのだ。
駐輪場を出たところで一度空を仰ぎ、軽く深呼吸して、自転車にまたがった。
俺は、やっぱり臆病なんだろうか――と、徹司は思った。
いつの頃からか、あまり目立たないように、浮き上がらないように……と、生きるようになっていた。
それはきっと、目立とうとしたって、人より抜きん出ようとしたって、自分には結局そんな能力も才能もない――とあきらめているからなのかもしれない。
あるいは、できもしないことをやって、結局失敗して、笑われることを恐れているのかもしれない。
徹司自身は、長くもないこれまでの人生で、そういった生き方に特に疑問を持ったことはなかった――が、全面的に肯定していたわけでもなかった。
そのような疑問を持つことを、無意識のうちに封印していたのかもしれなかった。
だが、今。
その疑問は、『演劇への挑戦』という形をとって、萌芽しつつある。
大袈裟にいうならば、徹司はまさに、未知の世界への扉へ手をかけようとしているのだった。