伝説の創生――ももクリにおける飽食の快 | アンチャンのブログ

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「伝説」といった、手垢のついた、かつ胡散臭い言葉を使うことには慎重でありたい。せいぜいももクロというアイドルグループのファンのあいだで通用する「伝説」にすぎないのだし。加えて、幾重にも人工的に作り上げられた、悪くいえばやらせの「伝説」である。その点、確かにプロレスの興業に似てもいるのだが、「伝説」とは、いかにも大げさな物言いであることに疑いはない。だがやはり、今度ばかりは、この言葉を使いたい。


12月23日、西武ドームで、ももクロのクリスマス・ライブ=ももクリに参戦した。ライブのタイトルは、「White Hot Blizzard MOMOIRO CHRISTMAS 2013 美しき極寒の世界」。西武ドームは、屋根こそあるものの、側面が完全に空いており、事実上の野外コンサートなのである。「Blizzard」というのはむろん大げさにしても、寒冷な狭山丘陵。時間が経つほどに底冷えはひどくなる。しかも私の席は比較的外周に近かったので、そこはかとなく冷風が吹く。ももクロのメンバーたちは、「寒さなんか私たちが吹き飛ばしてやる」と勇ましいことをいってはくれるのだが、寒いものは寒い。老体にはこたえる。ちなみに、こんな時期に西武ドームを使う「バカ」はいないので、会場はすぐに確保できたそうだ。


もちろん私は完全装備の防寒体勢で臨んだ。が、中には、「タンクトップで来るなよ」という先日のれにちゃんの警告ないし「振り」をまともに取って、タンクトップで来ている「バカ」なファンもちらほらおり、賞賛の混じった笑いを集めていた。それにしても、今回はさすがにみんな地味なコートやジャンパーで来るだろうと予想してたのだが、あに図らんや。例によって各自創意工夫を凝らし、思い思いカラフルなももクロ応援の衣装やコスプレをしている。こうしたモノノフ(ももクロファン)を見るのも、ライブの楽しみの一つ。私も地味にももクロ仕様のタオルをマフラー代わりにし、あーりん推しのキャップを被ったのだが、私の場合、もっぱら防寒用なのは明々白々だった。


寒さを逆手に取った演出は随所に見られた。舞台美術全体からしてそうだったが、スモークの使用や人工雪を降らせる趣向などなど。しかしなんといっても観客を驚嘆させたのは、ステージ上にアイス・スケートのリンクを作ってしまい、そこであの村主章枝選手が演技したことだろう。ライブの最初と最後、ステージの要で登場した。リンクを作れば、それだけももクロが使えるステージの面積は減ってしまうわけだが、そういう犠牲を敢えて行うのも、またパッションのこもった村主選手の滑りを用いたというのも、いかにもももクロにふさわしい。彼女お得意のスピンでは、観客のため息と声援が混じり合う。スポーツとアートとアイドルの優れた融合を、また一つ目にすることができた。




ライブの詳細は、すでに「ナタリー」や「ももクロまとめノフ」などに出ているので省略する。直前に行われた秋の『GOUNN』ツアーと比して、演出の縛りはきわめて弱かった。特に「テーマ化」されているわけではない。あえていえば、氷と火の対決、あるいは「ファンタジー」だろうが、単純にクリスマスにふさわしい曲を並べただけだといってもよい。だがそれはそれで、またこの上なく楽しく素晴らしい。ももかは今回のライブのパンフレットで、『GOUNN』ツアーががっちりした内容だったから、今回は走り回りたいと述べていたが、それがよい形で実現した。


メンバーが着替えているあいだに流れたアニメも、ありがちなものとはいえ楽しく、好感のもてるものだった。メンバーをキャラにしたアニメだが、観客の反応も上々。「かわいい」の声がいたるところで上がっていた。ももクロがいかにキャラクター消費されているのかを示す好例といえるだろう。


またメンバーが実際に着た衣装にも工夫が凝らされていた。「極寒」にふさわしいものもあれば、いかにもかわいい、キャラ的なものもある。特に最後に登場した際の、カトリックの修道女のような出で立ちは、メンバーのイメージ・カラーを敢えてすべて排した、雪のような白い衣装。宗教性という点でもクリスマスにふさわしく、またその姿で歌った「黒い週末」のゴシック趣味にもよく調和していた。直前の『GOUNN』ツアーでのテーマが、きわめて純度の高い仏教であったとことをおもい起こすなら、「ももクロ教」がいかにシンクレティズム(習合、混淆)的であるかを、改めて強く印象づけるものにおもえた。


演出やパフォーマンスのよさもさることながら、私が特に感心させられたのは、すでに定番となった生バンド(ダウンタウン・ももクロバンド)のクオリティーである。今回は武部氏がキーボードには座らず、その弟子筋にあたる本間昭光氏がメイン。ポルノグラフィティやいきものがかりのプロデュースでも知られるベテランである。バンドのメンバーも、いつもとは若干違っていた。特に目立ったのは、ホーンセクションを大幅に拡大し、強化したこと。お陰で、クリスマスにお似合いの、賑やかで豪華なビッグ・バンドになった。


武部氏の編曲をそのまま引き継いだものも少なくないようで、「走れ」の見事さなど、お馴染みの西川進氏のギターもあわせ、相変わらず舌を巻く。最初の連続四曲は、確か生バンドだったと記憶するが、まだメンバーが疲れていないせいか、歌の音程も完璧であり、いつもながら彼女らの歌唱力向上に感嘆させられると同時に、生バンドの醍醐味も存分に味わえた。また新たに編曲したと覚しきものもあり、サックスのアドリブもかなり聴けた。たとえば、「サンタがママにキスをした」から「怪盗少女」にかけてや、「黒い週末」から「灰とダイヤモンド」にかけてなど、バンド力が遺憾なく発揮された今回の白眉といってよいだろう。


そしてバラード。生バンドによるももクロのバラードのよさは、すでに夏の日産ライブなどでも十分実証済みである。名バラード、「空のカーテン」はカラオケだったようにもおもうが、「きみゆき」や「白い風」など、心に染みいる名演だった。(バンドだと余計に音程が取りにくいのか、イヤモニの関係なのか、これらのバラードにおける歌の音程のズレはかなり目立った。音程さえ気をつければ十分よくなるはずなのだが、この点については過激なことをいってしまいそうなので、別の機会に譲る。)


それにしても、この寒さの中での楽器演奏というのは並大抵のことではない。私も演奏者の端くれである。指のかじかみや楽器の冷たさなど、想像を絶する苦労があったものと推察される(楽器が冷たいと音程が変わるし、そもそも音を出すのが難しくなる)。開演前、本間氏にお話をうかがうことができたのだが、ポケットにホッカイロを入れ、それでつねに手を温めながら演奏するとおっしゃっていた。陰の立て役者たちとはいえ、この状況下であれほどの演奏をしたというのは、それだけですでに表彰ものだろう。


実をいうと、もう以上の歌、ダンス、演奏、演出だけで、十分お腹いっぱいなのである。れにちゃんは、今回のパンフレットで、ももクリを「鍋料理」に喩えていた。ももクロがガスコンロでモノノフが鍋。そこにカップラーメンを入れたらおいしいものが出来上がると。どちらがコンロで鍋なのかわからないし、内容からすれば、ももクリは明らかにカップラーメンどころの話ではないのだが、雑多な具材をそのまま投入しハイブリッド化する、鍋料理という喩えは実に適切だとおもう。いってみれば以上のステージで、観客はもはやチゲ鍋から水炊き、高級すき焼きからしゃぶしゃぶ、フグちりまですっかり堪能してしまい、身も心も完全に温まってしまっているのである。


しかしながら、すでにデザートも中盤にさしかかり、満腹中枢が限界をはるかに超えつつあった頃、とんでもないサプライズが加わった。今年の正月にももクロが、紅白出場に次ぐ大きな、ほとんど到達不可能な目標として掲げた国立競技場でのライブを、なんとこの3月に、しかも二日続けてやるという告知がなされたのである。具体的には、ファンが「アンコール」のリクエストを叫び続け、メンバーが着替えているあいだに、メンバーには秘密のメッセージがスクリーン上に流れた。そして、松崎しげる(この種の告知ではつねに登場する)が、アンコール演奏を中断し、例のごとく「愛のメモリー」の替え歌を告知の内容で歌うから、それに合わせてファンも一緒に、スクリーン上に映し出されるその告知を歌ってほしいとの要請が、スタッフから密かになされたのである。以上のことはメンバーには完全に伏せてあり、松崎もその時間はディナーショーをやっているとメンバーには告げられていたらしい。ファンにたいしても、松崎が歌うその瞬間まで、告知の内容は知らされていなかった。まさかそのような驚くべき内容の告知だとは、誰一人として予想していなかっただろう。周知のとおり国立競技場は、東京オリンピックに向けて改修工事に入る。したがって、どう早くてもそこでのライブの夢は、七年後以降にしかかなわない。メンバーもファンも、それを当然のこととして了解していたからである。


国立でライブを行うアーティストとしては、ももクロは、SMAP、ドリカム、嵐、L'Arc~en~Cielに次いで五組目(その後にAKBが来る)。女性単独グループとしては初とのことである。国立でライブを行うということは、ももクロがまさに日本音楽界の頂点の一つに立つことを意味する。このあまりにも意外な、あまりにも嬉しいサプライズに、メンバーは、普段滅多に泣かないかなこやあーりんも含め、全員号泣。歌もMCもろくに出来ないほどの喜びよう、驚きようであった(修道女の格好で涙に暮れるというのも、偶然だろうが、なかなか適切だと感じた)。私を含め、ファンも同様だったことはいうまでもない。よい意味のやらせなのは明白とはいえ、この上なく劇的な物語のさらなる展開によって、もう一つの新たな「伝説」が創生されたのであった。メンバーには心からの祝福、スタッフには心からの賞賛を送りたい。そしてその現場に居合わせることのできた僥倖を、素直にことほぎたい。



それにしても、ここまで過剰に盛りだくさんだと、ほとんど消化しきれなくなってしまうほどである。快適な胃もたれというか、嬉しい過食症というか。このビッグ・サプライズで、もったいないことに、それまで展開されていた今回のももクリの素晴らしさを忘れかけてしまいそうにすらなった。ここまで手の内を全てさらけ出してしまってもよいものかと、傍目には心配にさえなってしまう。だが、ももクロは、いつも全てを出しきってきた。出し惜しみをしないのだ。


しかもまだまだ料理が出てくる。ももクリはさらに続いてゆく。NHKで24、25日と、ももクロ主演のドラマがあるし、お台場でのクリスマスパーティもあり、テレビ中継もされるのだ。あまりに気前のよい大盤振る舞い。蕩尽というか、ポトラッチというか。おかげでこちらは完全に消化不良。しかし何という快い消化不良だろう。年末にはもちろん紅白もあり、ももクロ太りは確実である。