老兄弟が着ているフィッシャーマンズセーター。温かそう。

 

 フィッシャーマンズセーターの価値は、実際に本物を着てみないと分からない。もともとアイルランドの漁師の仕事着だったもの。脱脂処理をしてない羊毛で編んであるので、重く厚い。最初は臭いがキツいが、水をはじく。つまり防寒だけでなく、防水処理も完璧なのだ。


  30年前に本場アイルランドに行った時、詩人の高橋睦郎さんから薦められたので買ってきた。どんな極寒の地でも、これ一枚を羽織るだけで温かいので、一度着ると止められない。ボロボロになっても、まだ補強して使っている。今年、アイルランドに留学した友人に、新品を頼んだのだが、ちゃんと買ってきてくれるのかしら。


 「ひつじ村の兄弟」は12月19日公開の映画。2人の兄弟が着ているフィッシャーマンズセーターを見ながら、始終そんなことを考えていた。しかし、このセーターを脱いだり着たりすることが、実はこの映画の伏線だったのだ(詳細はネタバレになるので言えないが…)。


映画の舞台は、同じ北極圏でも一字違いのアイスランド。辺境の村に、隣同士で住む弟グミー(シグルヅル・シゲルヨンソン)と兄キディー(テオドル・ユーリウソン)は、40年間、全く口を聞いたこともないほどの不仲だった。お互い羊の世話に生涯をかけているが、先祖代々受け継がれてきた優良種の羊を残そうと競っていた。ところが、キディーの羊がスクレイビー(BSE)に侵され、保健所は村の羊すべてを殺処分にしようとする。そこから兄弟の戦いと協力が始まった。


この映画は、今年の第68回カンヌ映画祭の「ある視点」部門で、グランプリを獲得した作品だ。黒沢清監督の「岸辺の旅」、河瀬直美監督の「あん」など、計19本の行く手を阻んだのが、この映画である。全く無名のアイスランド出身の監督が、長編わずか2本目で、世界最高峰の称号を手にしたわけだ。


その脚本、監督を担当したグリームル・ハゥコーナルソンの父は、環境庁の職員だという。「父が仕事で最も辛かったのは、感染症が流行した際、家畜を殺処分するかどうかを決める時だったそうです。そんな酪農に携わった父から、この映画の発想を得ました」と語る。


アイスランドは、人口25万人程度に対し、羊の数は100万頭という羊天国の国。冒頭、フワフワモワモワした可愛い羊たちの登場シーンを見れば、牧歌的な映画かと思う。ところが日本でも牛や豚に発生したBSE感染を扱ったサスペンス映画、あるいは酪農家たちの苦闘を描いたリアリズム映画に発展する。と思うや、最後にはシンプルな寓話性を帯びてくる。老兄弟の顔は、しだいに「聖書」に登場するノアやヨハネなど、伝説のヒーローのようにも見えてくる。


なるほど、北欧映画の真骨頂とは、まさにこれなのだ。つまりスウェーデンの巨匠・イングマル・ベルイマン監作品に通底するような伝説、神話の世界に浸ることが、未知の国と監督を味わう醍醐味なのだろう。