February 23, 2012
posted by kyozy-tohno
#ACV アーマード・コアV 恐るべき悪寒
テーマ:書房:脳汁で茶を濁す
ただの弱小ミグラントから脱却できずにいた私達『カーキ・レイダース』が、この強大な拠点制圧兵器、巨大多脚自走砲LLLを手中に納める事が出来たのは、多くの幸運な偶然と仲間のわずかな負傷、そして膨大な額の出費があった上での事だった。
「ツいてましたね、リーダー。まだ中枢の生きているLLLが、まさかこんな所に棄てられたままでいるなんて」
かつて絶大な武力の下に大陸中央の高層区都市を治めていた権力者がいたが、今はその名を聞く事も無い。
栄枯盛衰。ハイテク防衛設備と由緒正しき兵隊達が守っていた超高層ビル街も、今は新たな権力者たらんと欲の手を伸ばす企業の金と、それを追う鉄拵えの傭兵達が跋扈する、汚い戦場の一つに成り果てていた。

長く私の右腕を勤めてくれているこの男も、元は一人の傭兵だった。
AC操縦技術は凡百のそれから抜きん出るものではなかったが、兵器の知識と朗らかな性格、何よりよく回る口と頭を活かした営業で、私達の食い扶持を稼いでくれる、無くてはならない相棒だった。
今回の任務を取り付けてきてくれたのも彼だ。何だかはわからないが、ネットワークの中枢となるデータセンターの警護と防衛。LLLをその真上に置いておくだけで、ひと月なんぼの美味しい仕事。依頼主にはこれ程頼り甲斐があり、侵入者にこれ程のプレッシャーとなるものも、他にそうは無いだろう。
安くて危険な運び屋で食い繋いできた日々の苦難、そしてそこからようやく脱却できた今日の愉悦に浸っていた。そんな私を、新たに雇い入れたオペレーターの声が、不意に現実に引き戻した。
「リーダー。第二左脚付近に機影、AC一機です」

ついつい鼻で笑ってしまった私を、一体誰が責められよう。
こちらは高層ビルを悠々と越える巨大兵器。AC一機など地を這う蟻のようなもの、なんて悪役めいた喩えも浮かんでくる。
「何だ、どこの傭兵だ?」
「所属不明、識別信号なしです。何かこちらに向かって、スピーカーで叫んでいるようですが」
こちらが指示を出す間もなく、オペレーターが機外の映像をモニターに流す。気が利くじゃないか。最近の私は部下にも恵まれているようだ。
と、そこへ。
「ゆうちゃあん、出てらっしゃい!お母さんよ!」
管制室に沈黙が満ちる。
何だろう、迷子を探す母親でも紛れ込んでいるのか。
「確かにあのACからの音声か?」
「え、ええ。他にあの音量を発するようなものは……きゃあっ!?」
突然、管制室が大きく横に揺れる。オペレーターが小さく悲鳴をあげ、コンソール上で忙しなく動かしていた手を止める。
さっそくの敵襲だろうか。だがあのACの他に兵器の存在を示す熱源反応は、オペレーションパネルには見当たらない。あの不可解なAC以外に、周囲には何もいないという事だ。
「だ、第二左脚関節部の機構に、僅かですが異常が見受けられます。接地位置を強引にずらされた様ですが」
管制室真下を映すモニターには、逆関節のいかつい片脚を振り上げ、正に今ブーストチャージをかけたばかりといった姿のそのAC。まさか、あいつが?
「もう、邪魔ねえ。こんな狭い道にこんなもの立てて」
鬱陶しそうに呟く中年女性の声。そして管制室を二度三度と襲う、激突音を伴う振動。
角ばった鉄塊のような、旧型重量逆関節と装甲増加タイプのコア。動きの鈍重な、拠点防衛型といった所だろうか。
機体の重量を高出力ブースト噴射の勢いに巧く乗せてやれば、相当の威力を持った体当たりが可能だろう。だが、それはあくまで同等の規模の兵器同士でやりあう時の話だ。
がん。がん、がぃん!
重金属同士が接触しあう鈍い音が、何度も響く。
「まさかあいつ、このLLLを退かそうとしているのか」
半笑いの顔で相棒の男は呆れて見せる。
ACとLLLの脚一本。質量の差は比べるべくも無い。あのACは何をどう考えて、あんな行動に出ていると言うのだろう。
悪寒。微塵も根拠の無いその寒気が、何故か今私の背を一筋伝った。
大仰に手をかざしてオペレーター達に命じる男。
「おい、副砲の照準をあいつに集中しろ。炙り出してから、主砲で追い払ってやれ」
「了解。第一左脚、第二右脚パルスキャノン、迎撃開始します!」

LLL脚部には、至る所にパルスとレーザーを放つ迎撃砲台が設けられている。
それらが唸りを上げる度、大気の成分ひとつひとつが悲鳴を上げ焼け落ちていくようだ。
電磁の粒子が鼓膜を直接掻き毟るような、嫌な射撃音が連なる。
やれやれ、これだからTE武器は嫌いなんだ。無意識の内に、眉間に皺が寄る。
「第二射。続けて第三射も全て命中。これだけ当たれば、おそらくは」
やや不安そうだったオペレーターの彼女も、地上に霞む青い硝煙に胸を撫で下ろす。相棒の男も上機嫌だ。奇しくもこのLLLの防衛性能を測る稼動試験となったわけか。
さて、この成果でクライアントから幾らを請求できるものか。そんな事を思った、だが、その時。
「敵AC、熱源反応消えて……いえ、消えていません!」
解けたはずの緊張が、一瞬にしてその鋭さを増し舞い戻る。
オペレーションにあたるその場の全員が、一斉にモニターを凝視する。
「ちょっと、やだもう。埃っぽくなるじゃないの」
再び響く間延びした声に、今度は私達全員がかつてない戦慄を覚える。
旧型のAC一機、一撃カス当たりでもすれば消し炭に出来るはずのレーザーを十数発浴びせた筈だった。
だが、ゆうちゃんの母なる何者かが駆るそのACは、まるで本当にただ埃を浴びせられただけかのように、ごく僅か煤に汚れた以外は全くの無傷にしか見えなかったのだ。
「逆関節型ACが、レーザー砲で無傷だと! 本当に命中したのか、おい!」
「め、命中時の反動で照準誤差があったとしても、少なくとも……半分以上は!」
焦りを言葉に叩きつける相棒。
焦燥は伝播し、オペレーター達がコンソールを叩く音は加速し、乱れる。
そして。
「物騒だし邪魔だし、ちょっと畳んでおこうかしら」
唐突な大音量に、反射的に全身が跳ねる。
管制室とACとの距離は、いつの間にか消し去られていた。
耐熱フィルターと防弾強化ガラスで出来た小さな窓越しに、既にその敵はいた。ほんの僅かこちらが判断を迷っている数秒の間に、脚を伝ってここまで上って来たのだ。
迎撃も退避も忘れて唖然とする私達の眼前で、ACが両腕をくいと後ろに振り上げる。
確実な敗北を前にして、私はそのACの得物に、目を奪われた。
それは、蒼く強い光を放つ、両腕のヒートパイルだった。

「ああ、良かった。気がついた」
私がその後意識を取り戻したのは、中古の運搬ヘリの、狭くて固い椅子の上だった。
運転席で操縦桿を取りながらそう声を上げたのは、相棒の男の見慣れた顔。
肩口と額に巻いた包帯が痛々しいが、特別重い傷では無いようだ。
結局あのAC一機に私達は敗北し、散り散りに逃げる事しか出来なかったのだ。
得体の知れないその敵からも。
そして火を見るよりも明らかな、クライアントの怒りからも。
「やれやれ。あんなAC、見たこと無いですよ。ドミナントとかイレギュラーってのは、きっとああいった奴の事を言うんでしょうね」
彼女のACは、私達のLLLの脚部を一つずつ、あの蒼いヒートパイルで砕いて行ったのだ。
まるで母親が子供にゲンコツを喰らわすように、容易く、躊躇い無く。
砲台の迎撃が全く効果を為さなかった事も、併せて思い出す。
そして私が辿りついたのは、自分自身微塵も信じる事の出来ない、ある仮説。憶測。
まさかパルスもレーザーも、両腕のヒートパイルで受け止めたとでも言うのか。
「ゆうちゃんとやら、大変だろうなあ。あんなお母さん持って……」
途方も無い被害を被ったというのに、男は変わらず陽気に笑っていた。
彼の口調に、私も思わず吹き出す。
そうだ、あんなあり得ない存在に、たかだか弱小ミグラントに毛が生えたような程度の私達が、抗い得る筈が無かったのだ。
笑うしかない、というのは正にこんな時の事を言うのだ。
こうして、巨大多脚自走砲LLLをすら手にした幸運な私達『カーキ・レイダース』は、その強大な力を以ってしても抗し得ない程の、たったひとつの不幸な偶然のせいで、結局またただの弱小ミグラントに逆戻りしたのだった。
了
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