齊藤一郎です。
16日京フィル定期の委嘱作品である木下さんと山本さんの作品の魅力を、棒振りの観点からもう少し掘り下げて考えてみたいと思います。
木下さんの作品は何度か初演しています。彼の一番お気に入りの楽器はバスドラム。「石をつむⅤ」の冒頭も木下流の強打から始まり、全体の中でも最も重要な骨格をなしています。
彼とは実は同郷で、チェリーボーイの時代から音楽や女性の好みを知っています。彼はヘヴィメタルに熱狂しながらも、中高は吹奏楽部でわりと真面目にホルンにとりくむ長髪の少年でした。
この作品の金管楽器の中で一番難しく、体力的にしんどいのがホルンで、この楽器に対する特別の愛情を感じさせます。
彼の作品では、小節ごとに拍子が目まぐるしく変化します。
例えば以下の部分 7/4→3×7/16→ 7/8 →3×3/16のように。
指揮者はまず、全部の音を読みながら、これらの拍子を正確に振れるようにします。(現代作品では1拍の振り間違えが致命的なミスとなるのです)拍子を身体の中に浸透させてから、次に変化する拍子群の脈動、つまり、それらがどういう有機的な繋がりを持っているか見ていきます。
7/4から3×7/16に移行するところは、木下さん特有の時間感覚が現れています。一見複雑ですが音楽的には面白い場面です。例えるなら、血液が頸動脈(7/4)から顔面動脈(3×7/16)へ流れる感じです。車のシフトダウンにも似ています。拍子の分母が4の倍数である8を介さずに16となっているので、4速から即座に2速に切替わる感じ。リタルダンドが無いのでブレーキング無しのシフトダウンです。
7/4の7拍目では第2ヴァイオリン奏者と、バリトンソロが、次の3×7/16へのテンポの手掛かりを掴みにくくなっています。これを自然に連結させるためには細かい音符のパルス―ここでは16分音符を基準に―を脳内に流動させながら指揮をします。♩=77なので、メトロノームで308のパルスを体内に流すわけです。
小節の分母は変わってもパルスは一定なので、木下さんの作品は急に早くなったり、遅くなったり感じることがありません。テンポは変わらないのだけれど、同じ森の中でも動物や植物や昆虫がばらばらに活動しているように、一つの共有した生命体を保っているのです。
彼の譜面を読んでいるとブルックナーのスコアを連想します。
Bは交響曲第6番1楽章の第2主題に入るところ。Bedeutend langsamerは「前のテンポより明らかに遅く」という意。ここはどの指揮者も振り方に迷うところで、小難しい現代作品よりも指揮するのが困難なところです。見た目は4/4拍子ですが、実は2/2拍子。ここを指揮するとき、2分音符を軸とした雄大な流れの中に16分音符のパルスが流れていなければオケの奏者を納得させることはできません。つまり、木下作品とブルックナーのスコアの読み方は似ており、彼の作品を勉強すればブルックナーの理解も深まるというわけです。
木下さんの特徴としてもう一つ上げたいのはメトロノームのテンポ表示です。彼は7の倍数が大好きです。今回の新曲の冒頭のテンポは♩=42.特に♩=49には拘りがあるらしく、作品中に頻発します。他の作曲家ならば(山本和智氏でさえ)大抵は48か50と表記するはずです。
さて、12日にコメントを頂きました有馬さんは日本におけるライブ・エレクトロニクスの第一人者で、作曲家やプロデューサーから絶大な信頼を得ている方です。
私はこの分野にあまり明るくありませんが、エレクトロニクスを使ったポップスで好きな曲がたくさんあるので何曲か貼っておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=3cShYbLkhBc
「ドモアリガトウミスターロボット」という最初の部分。しかし、これはライブではなく、ヴォコーダーという電子機器で事前に変換されたものかもしれません。
https://www.youtube.com/watch?v=GA27aQZCQMk
デヴィッド・ボウイは京都にも縁が深く、山科に別荘を持ち、能や歌舞伎との関わりを持ちながらアートとして自身の声に反映させていました。筆舌に尽くしがたいこのカッコよさには日本文化の影響もあるのです。
https://www.youtube.com/watch?v=IwHmOuAMJi4
YMOのアルバムの中でも最も売れなかったマニュアックな曲ですが、私は名曲だと思います。
以上の曲はコンピューターテクノロジー発展途上の作品なので、エレクトロニクスの変化は数種類に留まっていますが、有馬さんのエレクトロニクスでは40種以上の複雑な音響加工が行なわれ、世界でも最新のサウンドが実現されます。テクノポップ(?)を聴くような粋な感じでコンサート会場に来て頂ければ幸いです。
実際、山本さんの作品は苦虫を噛み潰したような顔で聴くようなものではなく、面白すぎて思わず笑ってしまうような素晴らしい曲です。
その中には緻密に計算されたトリックやコラージュがあるのですが、その一つを紹介しましょう。
山本さんはメールアドレスのネームにジョルジュ・リゲティの作品名を使っているほどのリゲティ信奉者です。
京フィルでは2年前に「ゲポポのアリア」という曲をやりました。
https://www.youtube.com/watch?v=sFFpzip-SZk
7:20あたりのスコアが以下です。ちなみにこの歌手(バーバラ・ハニンガン)はダンスをしながら歌っているのではなく、曲を完全に暗譜して指揮しながら歌っています。
この部分がリゲティを崇拝する余り、山本さんの脳内で小爆発を起こしてしまいました。
アクロバットのような「韻律の塔」を歌うのはドイツで活躍する柳原由香さん。
ハニンガンに勝るとも劣らない強烈なヴォイスのパワーにシビれること間違いなしです!