舞台演劇「少女計画」
原案:アーバンギャルド
作者:小唄 楼

新田仁子(にった ひとこ)……女性
オギノ博士……女性
鷺沼(さぎぬま)……女性
黒川(くろかわ)……女性
神内(じんない)……男性
桜上水 玉美(さくらじょうすい たまみ)……女性
マサキ……男性
玉美妹……女性
婦警1……女性
婦警2……男性



第一幕「はじまり」
BGM「ジャズミュージック」

BGMの終了と共に舞台全照明点灯。
舞台には二つの椅子。
椅子に座るオギノと椅子には座らずオギノの前に立つ仁子。
仁子は頭に血のついた包帯を巻いている。


オギノ「君は……誰だ?」

仁子「私は……」

オギノ「ふふ、いきなり現れるとは、君は幽霊か何かかい?」

仁子「……はい、そうです。私は……死体です」

オギノ「死体、ねぇ。……私は冗談で言ったつもりなんだが」

仁子「……それなら調べてみますか?」

オギノ「ほう、それは面白い」


オギノが仁子の手を取り脈を確認する。


オギノ「……脈が止まっている。君は確かに死んでいるようだ。ふふ、これは何かの悪い夢かね?」

仁子「私は……貴方にお願いをするためにここに来ました」

オギノ「お願いか……なるほど、話を聞こう」

仁子「実は……私、子供を身篭ってるんです」

オギノ「ほう、その若さでか」

仁子「……はい。私が妊娠した事は、誰からも歓迎されませんでした。子供の実の父である、彼氏からも」

オギノ「だろうな。君のような若い子を孕ませたとなると、彼氏とやらも相当慌てただろう」

仁子「その通りです。……そして慌てた彼氏は、私を殺しました。私の事を階段から突き落として……」

オギノ「それで君は死体になった訳か。……大体の事情は飲み込めた。それでは、君の願いとやらを聞こうか」

仁子「私……子供を、産みたいんです」

オギノ「なるほど。……だが君は死体だ。死体に子供を産むことは出来ない」

仁子「それでも、どうしてもこの子を産みたいんです!」

オギノ「……何故死んだのにまだ生まれてもいない子供に執着する?」

仁子「それは……この子が私の家族だから。私両親とあまり仲が良くなくて……唯一の家族と言えるのが、この子だけなんです。……死んだ後でも大切さな家族を守ろうとする事は、おかしいですか?」

オギノ「家族……か。私にはまったく関係ない単語だな」

仁子「貴方には家族、いないんですか……?」

オギノ「ああ。私には両親がいないし、交友のある親族もいない。……それでもかつては家族と呼べるような仲の人間もいたんだがな。それはもう昔の話だ。今の私に家族はいないし、……必要ない」

仁子「……悲しい人なんですね」

オギノ「悲しい人、か。確かにそうかもしれないな。しかしそれは君もだがね。……君は、自分の正体に気がついているか?」

仁子「どういう、意味ですか?」

オギノ「イレギュラー……。常人の歩む道を踏み外してしまった不幸な人間を、我々はそう呼ぶ。それが君の正体だ」

仁子「イレ、ギュラー……?」

オギノ「私はイレギュラーの研究家でね。君のような不思議な存在を、今まで沢山研究してきたよ。それで君は知ってか知らずか、ここに現れたんだろうな」

仁子「それじゃあ、貴方なら私の願いを叶えられますか?」

オギノ「……残念ながら、あくまで私の本業はイレギュラーの研究だ。君の願いを叶える事は、私には出来ない」

仁子「そんな……お願いします!今の私にとって、貴方だけが頼りなんです!お願いします!お願いします!」


頭を下げる仁子。
オギノが席を立ち仁子に近づく。


オギノ「頭を上げてくれ。……一つだけ、方法はあるかもしれん」

仁子「ほ、本当ですか!?」

オギノ「……死体である君は子供を産むことは出来ない。しかし、君の子供の命を助けてあげる事は、出来るかもしれない」

仁子「それは一体、どうやって?」

オギノ「それにはまず、君の死体を利用させてもらう」

仁子「私の、体をですか?」

オギノ「その通り。君の死体に、子供の魂を移植するんだ。そうすれば少なくとも、子供の命だけは助けられる。だが……」

仁子「なんですか?」

オギノ「繰り返すが私はあくまで研究者だ。研究の経験からある程度の事は出来るが、これから行う事は私の本業では無い」

仁子「つまり、失敗するかもしれないと言うことですか?」

オギノ「その通りだ。そして私は……かつて一人のイレギュラーを救う事が出来なかった。それでも君は、私に子供の命を委ねるか?」

仁子「……はい。私にはもう、他に選択肢はありませんから。貴方の事を信じます」

オギノ「そうか……それでは椅子に座って」


仁子が椅子に座り、オギノは仁子の胸に手を当てる。
全体照明からオギノと仁子を中心としたピンスポに変更。


オギノ「これより子供の魂を君の体に移植する」

仁子「はい、お願いします」

オギノ「……不安かい?」

仁子「……少しだけ」

オギノ「正直者は好きだ。……安心しろとは言わない。だがここまで来た以上、私も本気で取り掛かろう」

仁子「……ありがとうございます」

オギノ「……但し、一つ言っておく」

仁子「今度は何ですか?」

オギノ「……死体である君の体に魂を移植することで、君の子供もまたこの世界においてイレギュラーな存在になる」

仁子「……はい」

オギノ「イレギュラーな存在は、他のイレギュラーな存在を嫌でも引き寄せる。世の中のことわりはそう出来ているからな。それに……私はあまりイレギュラーとは交流を持たない主義でね。今回の事も特別な事だと理解してもらいたい。……残念ながら私は君の子供の世話までは出来ない。誰も加護する者のいない世界にいきなり放り出す事。それだけは先に子供に詫びておくんだな」

仁子「はい、わかりました。……それでは、お願いします」

オギノ「ああ。さぁ、始めるぞ」


照明フェイドアウト。
暗転。


オギノ「さようなら、死体少女」


BGM「不思議な音」フェードイン、数秒後フェードアウト。


仁子「あ……あ……。アタシは……?」

オギノ「そしてこんにちは、赤ちゃん」


BGM「ノイズ」フェードイン。
椅子を持ってオギノと仁子退場。



第二幕「独白1」
舞台中央にオギノが立ち、スポットを当てる。


オギノ「あの時私は……本気で家族なんて必要ないと思っていた。だから死体少女……彼女の事も沢山いるイレギュラーの中の一人だと思っていたんだ。あの日までは……」


暗転。
オギノが退場。



第三幕「渋谷スクランブル交差点にて」
上手に包帯を外した仁子と婦警が並び二人にスポットを当てる。


仁子「……って言うことがあって、お家には帰れないんだよ婦警さん!」

婦警「死体に子供の魂を、ねぇ?」


BGM「渋谷スクランブル交差点の喧騒」をフェードイン。


仁子「あ!婦警さん今、絶対嘘だと思った!」

婦警「そりゃあ、あまりにも話が現実離れしてて……」

仁子「だからアタシが話してる事は全部本当の事なんだよ!アタシの名前は新田 仁子!満一歳なんだよ!」

婦警「制服姿で喋るアナタが満一歳とは、随分大きな赤ちゃんだこと」

仁子「だからそれはさっき説明したとおりなの!お母さんの体に、アタシの魂を移植したんだよ!」

婦警「……アナタ、精神科の通院歴は?あと薬物検査をしたほうがいいかしら……」

仁子「だーかーらー!」

婦警「ちなみにアナタ、家に帰れないなら普段はどこで暮らしてるの?」

仁子「そりゃあもちろん、ここ大空の下がお家なんだよ!言うなれば森ガールならぬ、空ガール!」

婦警「つまり、ホームレス生活と」

仁子「ホームレスじゃないー!空ガールー!」

婦警「……もう良いわ、アナタの実家の住所を教えて」

仁子「あーだからだめなの!お母さんのお家だけは絶対にだめなの!だめだめ!」

婦警「どういう事?」

仁子「前に一度行ってみたら、死んだはずのお母さんが化けて出たって大騒ぎになったの!それでアタシ最後は塩まで投げられたの!だからお母さんのお家にだけは帰れないの!……それに」

婦警「それに?」

仁子「……お母さんが死んだ事を必死で納得しようとしているお爺ちゃんやお婆ちゃんを、これ以上変に驚かせたくないの……」

婦警「……アナタ、他に頼れる親戚とかいる?」

仁子「あー親戚じゃあ無いんだけど、一人だけ居るの!。でも……」

婦警「ならその人に頼りなさい。それとも何か問題が?」

仁子「その人はアタシの命の恩人なの。恩人なんだけど……」

婦警「恩人なら尚更良いじゃない」

仁子「でも、その人凄い変人なの!オギノ博士って人なんだけど、とにかく常識からかなり外れてる人なの!……それに、博士はアタシみたいなイレギュラーとは、必要以上に関わりたく無いみたいなの」

婦警「……イレギュラー?イレギュラーとはなんの事?」

仁子「アタシみたいな人の事なの。……それにほら、あそこにいる」


数秒の間。
舞台中央で座り込んで泣いてる玉美をピンスポで照らす。
BGMの音量を少し下げ、玉美のすすり泣きが聞こえるようにする。
玉美の身体中には赤い丸のシールが貼られている。
ある程度玉美のすすり泣きを観客に聞かせる。


仁子「ほら、あそこで泣いてるお姉ちゃんもアタシと同じなの!……多分」

婦警「あそこ?泣いてる女の子なんてどこにいるかしら?」

仁子「え?あそこだよ!ほら、なんか赤いシールを身体中に貼ってる面白いお姉ちゃん!」

婦警「あまり大人をからかうのはやめなさい」

仁子「……え?」

婦警「……貴方、大丈夫?」

仁子「……もしかして、あのお姉ちゃん、アタシ以外には見えてないの?」

婦警「……それじゃあ、とにかくその頼れる人のところにちゃんと行きなさい。以後気をつけるように」


婦警が玉美の前を通り下手に退場。


仁子「やっぱり……見えてないの!まさかあのお姉ちゃん、ホントにイレギュラー!?」


仁子をスポットで追う。
仁子は最初は通り過ぎ下手へ向かうが、どうしても気になるのか何度も振り返る。
一度仁子は下手に退場するが、再び舞台に登場。
玉美から距離を置きそう一言呟いたあと、おそるおそる仁子は玉美に近付き声をかける。


仁子「その、お姉ちゃん……大丈夫?」


すると突然玉美がすすり泣くのを止め仁子を見上げる。


玉美「貴方、私の姿が見えるんですか!?」

仁子「うん、見えるよ!」


玉美は立ち上がり仁子に向かって話し始める。


玉美「貴方も水玉病になってみます?」


このセリフをキッカケにBGMを消し、スポットから舞台照明に切り替える。


仁子「……水玉病?」

玉美「水玉病よ。知らないかしら?」

仁子「水玉病なんて初めて聞いたの!」

玉美「私の姿は見えても、水玉病まではわかりませんか……」

仁子「うー、ごめんなさいなの」


すると玉美が鞄から赤い丸のシールを取りだし、一枚仁子の頬に貼る。


玉美「水玉病はですね、こうやって顔に腕に見えるものすべてに丸くぽつぽつするんですよ。赤く塗りつぶすんです」

仁子「それでそんな格好してるんだー!面白ーい!」


仁子も自分の頬などにシールを貼る。


仁子「これでアタシも水玉病なの!どう?どう?」

玉美「うん、凄い可愛いですよ」

仁子「わーい!」

玉美「ふふ、面白い子」

仁子「ねぇ、お姉ちゃんはいつからこんなところで泣いてたの?」

玉美「それが、わからないの」

仁子「わからない?」

玉美「私、気がついたらここに居たの。私ね、ずっとここで泣いてたのに、誰も私の事に気がついてくれなかったの。だからこうやって、ずっとここで一人泣きながらシールをぽつぽつしてた。ずっと、ずーっと一人で」

仁子「お姉ちゃん……」


仁子が玉美を見つめる。


仁子「お姉ちゃん、もう一人ぼっちは嫌だよね?」

玉美「えっ?」

仁子「このままずっと一人で泣いてるの、嫌だよね?」


一瞬会話に間が空く。


玉美「……嫌」

仁子「うん」

玉美「嫌!もう私一人は嫌です!嫌々!」


玉美が仁子に掴みかかる。


玉美「私も好きで泣いてた訳じゃないんです!でも何故かわからないけどとても悲しい気持ちになって……。誰にも気づかれず、泣きながら一人でシールをぽつぽつしてました。貴方が来るまでずっと!ずっとよ!だから……もう私を一人にしないで」


再び玉美が泣き始める。
仁子は難しい顔をすると、玉美におそるおそる声をかける。


仁子「あの、お姉ちゃんの事助けてあげられるかも」

玉美「えっ?」

仁子「……ここの近くにアタシの命の恩人って言う人が住んでるの。その人の力を借りればお姉ちゃんの事、救えるかもしれないの!」

玉美「救えるって……私、一人ぼっちじゃなくなるんですか!?」

仁子「大丈夫なの!アタシが保証するの!」

玉美「行きます!私その人のところに行きたいです!お願いします。私をその人の所に連れてって下さい!」


再び掴みかかる玉美。
仁子は笑顔で答える。


仁子「それじゃあ早速行くの!……えっと」

玉美「玉美!私の名前は桜上水 玉美と申します!」

仁子「アタシは新田 仁子!よろしくね、玉美お姉ちゃん!」

玉美「うん!よろしくね、仁子ちゃん!」


仁子と玉美は握手をすると、舞台照明が落ちる。
スポットに切り替え二人は上手に退場。
暗転。
BGM「ジャズミュージック」フェードイン。





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アーバンギャルドというバンドをリスペクトした脚本「少女計画」の第一部「水玉病編」です。

携帯電話からだと全て表示出来ないようなので、小分けにしました。

この脚本は今まで何度も書き直してきた、私にとってライフワークのような作品です。

まだまだいっぱい書き直して、より良い作品にして世に送り出したいですね。


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