鉄と美女の左目 | 旅行、美術館、書評

鉄と美女の左目


Nefertiti
 エジプトの三大美女というとクレオパトラと
 ラムセス2世 の正妃ネフェルタリ
 そしてこの ネフェルティティ Nefertiti 。

 破壊放棄されたアケトアテンの遺跡の砂の中から見つかった
 Nefertiti の胸像の左目は欠損している。
 どうやら作成されていたものが、壊れたのではないらしい。
 


東西ともに鍛冶の神は職業病 *1 として片目が不自由。
ギリシャ神話のヘーパイストス (上図の右上)。
北欧神話のオーディン      (上図の右下)。 
日本では【天目一箇神 】(あめのまひとつのかみ)王妃ネフェルティティのトルソ


ではネフェルティティ   は鍛冶職人だったのか。

この(左図  王妃ネフェルティティのトルソ  )ような
ボディの持ち主が鍛冶職人であったわけがなく。

左目が不自由であると右脳が働く。

  柳田氏の「一目伝説」の論考は不備な点が多く、 *2
  最後に示した「片目の神への供儀」の結論も不完全
  なものとされていますが、

  柳田氏の直観、すなわち「左目を傷つける」ことで、
  『神の使者』となるという部分は、
  かなり核心をついているのではないかといわれています。
  

http://www7a.biglobe.ne.jp/~amusic/diary-0503b.htm#513






確かにこの仮面が何をいおうとしているのか気になります。

   青森県・麻生遺跡出土の土製
















青森県・麻生遺跡出土の土製仮面(縄文晩期、重要文化財指定)

[ 参考 ]
左目をコンピュータ・ネットワークに接続しているゴクウ

*1
たたら作業の技術責任者を村下(むらげ)と言います。
村下は連日連夜たたらの炎と、たたらの側壁下部に設けられた
「ほど穴」から炉内の状況を観察しな がら、
砂鉄や木炭の装入や鞴を踏む速度を細かく指示し、
炉況の安定を図ります。
長年にわたって高温の炉内を直視するため、
村下の眼は強い光によって衰えを早め、
ついには全く視力を失うに至るとのこと。
村下はまさに火との壮絶な闘いによって鉄を作ったのです。
http://www.hitachi-metals.co.jp/tatara/nnp0105.htm

*2
柳田国男は「一目小僧(ひとつめこぞう)」で次のようなことを述べている。

 ずっと昔の大昔には、祭りのたびごとに一人ずつの神主を
殺す風習があった。
殺される神主は前の年の祭りの時から籤(くじ)か神の声である
神託(しんたく)によって決められていた。
 生け贄(にえ)となるこの神主をはっきり見分けることができるように、
片目をつぶし、逃げられないように片足を折った。

 そしてその人を優遇し尊敬した。
 やがて、その神主も死んだら神になれるという確信を持つようになり、
心も澄んで、神の心を伝える神託預言を始め、人々の中で力を持ってくる。
死にたくないという気持ちから、「この神主(自分)を殺す必要はない」
と神が言っているという託宣(たくせん)もしたかもしれない。
http://www3.ocn.ne.jp/~kmitoh/gensou/katame.html

柳田国男は、山に棲む一つ目でしかも一本足の妖怪を恐れまたあがめた話について繰り返し述べている(例えば「一目小僧その他」、「妖怪談義、一眼一足の怪」など)。この一つ目で一本足を山の神だと考えている所もあるという。土湯のこけしが特異な目を持ち、一本棒の胴、即ち一本足であるならば、山の呪力を現すものとしての完璧なイメージ喚起力を持っていたに違いない。さらに聖徳太子の血の呪力である赤をまとっているとすれば、もうその力を誰もが疑いもしなかったであろう。こけしが山の神の呪力を持って、五穀豊穣や多産を村にもたらすものであるとすれば土湯木でこはその象徴的表標を色濃く身にまとっているのである。
イメージによる推論を駆使する人ならば、一つ目、一本足のはるか原始の姿として生殖力を体現したファロスをさらに思い浮かべるかも知れない。それは大地母神とともに人類の最も原初的な象徴の一つであった。この点で私は柳田国男の議論に多少の物足りなさを感じる。謹厳な官吏であった柳田国男は、敢えてこの種の議論を避けた感もあるが、中央に縦に裂ける一つ目を持った一本棒こそ最も古い姿であって、片目を潰すことの聖性は、これに近づくことによって始めて成立するように思えるのだ。
http://homepage3.nifty.com/bokujin/kanwa13.htm