2016-09-23

U-NOTE Ⅱ「関心」

テーマ:ケガ・病気

人は誰でも、関心のある話は、ちゃんと聞こうとします。

 

興味がない話を聞くのは、面倒くさいと感じるものです。

 

 

そこで、「すれ違い」が起こるんですね。

 

 

聞いて欲しい時には、聞いてもらえない。

 

聞いてあげようかと思った時には、相手はすでに、

 

「話す気」を失っているものなんです。

 

 

だから、相手が関心を持ってくれるように、興味を抱いてくれるように、

 

工夫する「技術」が備わっている人は、世渡りが上手なんですね。

 

 

俺は、はっきり言って、そういうのが下手です。

 

だから、いつも失敗ばかりしてきました。

 

 

会話というのは、お互いがシンクロしていないと、うまくいかない。

 

伝える側と、受け取る側が、最短距離にいれば、

 

最高のコミュニケーションができるのです。

 

例えて言うならば、コンサート。

 

お金を払って、好きなミュージシャンの生ライブを聴こうとする時は、

 

観客は、最高のコンディションで臨みます。

 

だから、心の底から楽しめるんですね。

 

 

好きな話なら、関心を持つ。

 

どうでもいい話なら、適当に聞き流す。

 

それは、仕方のないことなんです。

 

 

いじめのなかで、一番つらいのは、「無視」なんだそうな。

 

話を、聞いてもらえない。

 

存在を、認めてもらえない。

 

いいことをしても、みんな無関心。

 

 

自分の言ったことを、他の誰かが真似して言うと、

 

その人の「実績」として、拍手喝采する。

 

 

信じてもらえない。

 

悪いことがあると、真っ先に疑われてしまう。

 

 

いじめというのは、学校の中だけじゃない。

 

転職先でも、引っ越し先でも、当たり前に起こるんです。

 

 

俺が言われて、悲しい気分になる言葉は、

 

『…あんたが来てから、ろくなことがない!』でした。

 

 

悪いことは、誰かのせいにしてしまえば、一番楽なんです。

 

都合の悪いことは、嫌いな誰かに押し付けてしまえば、簡単なんです。

 

 

「自分がされたら嫌なことは、人にしない」

 

当たり前のことですが、実際の世の中は、そうなっていないんです。

 

だから、そういう「理想」を語ると、ウケがいいのでしょう。

 

 

差別されたことがない人には、絶対わからない。

 

いじめられたことがない人は、絶対わからない。

 

パワハラを受けたことがない人には、絶対わからない。

 

実の親から、存在を否定されたことがない人には、永遠にわからない。

 

 

だからと言って、

 

俺は、誰かに「八つ当たり」なんかしない。

 

 

理解してもらえなくても、話をちゃんと聞いてもらえなくても、

 

その人を恨んだりはしない。

 

 

喜怒哀楽の中で、

 

「怒り」は、一番面倒くさい感情だと思う。

 

 

抑えれば抑えるほど、濃縮されて、恐ろしい怪物になっていく。

 

だから、小さいうちに、うまく解消すべきなんでしょうね。

 

 

 

映画「怒り」を見て、色んなことを感じました。

 

それを、全部書くことは、不可能です。

 

だから、感覚が新鮮なうちに、記事にアップしました。

 

心象風景ばっかりで、さっぱり理解してもらえないだろうけど。

 

 

それでも、いい。

 

誤解されてもいいから、正直に、言いたいことを言う。

 

怒られてもいいから、自分が感じたことを、堂々と言う。

 

 

俺が、

 

子供の頃に、できなかったこと。

 

 

 

勇気がなくて、言えなかったこと。

 

意気地がなくて、立ち向かえなかったこと。

 

根性が足りなくて、中途半端に終わったこと…

 

 

 

ああ、切ない。

 

 

 

でも、

 

その「切なさ」を、しっかり覚えていれば、

 

その「悔しさ」を、しっかり覚えていれば、

 

その「恥ずかしさ」を、しっかり覚えていれば、

 

 

いつか、

 

きっと、

 

 

「何か」が、できるかもしれない。

 

 

そういう気持ちにさせてくれた映画が、「怒り」でした。

 

 

きっと、今の俺にとって、必要な教材だったんですね。

 

だから、人一倍、関心を持って、食い入るように見ました。

 

 

 

 

「怒り」を感じること自体は、決して悪いことじゃない。

 

それを、どうもっていくかが、人間の知恵なんだと思う。

 

 

まだまだ、勉強不足でした。

 

反省して、心を正して、

 

残りの人生を、精一杯生きなくちゃ。

 

 

悔いのないように。

 

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2016-09-21

映画 「怒り」

テーマ:邦画

怒りの刃は、相手も自分も、切り裂いていく。

 

 

シンプルなタイトルであるだけに、深みを感じられる作品でした。

 

個人的には、「悪人」よりもグレードが高いように感じます。

 

ただ、好みが露骨に表れると思うので、万人受けはしないかも。

 

 

東京、千葉、沖縄の3か所で、それぞれの物語が展開します。

 

素性の知れない男と出会い、人生が変わっていく…

 

友達や恋人は、出会いがあるから生まれる関係。

 

お互いを知らないからこそ、もっと知りたいと思うし、知って欲しい。

 

しかし、知られたくないことも、ある。

 

 

誰もが、「何か」を抱えて、生きている。

 

聞かれて簡単に説明できるくらいなら、苦悩したりしない。

 

 

人の気持ちって、簡単には理解できない。

 

自分の気持ちだって、簡単には理解してもらえない。

 

人を信じるのって、簡単なようで、難しい。

 

自分を信じてもらうのも、なかなか難しい。

 

 

人は、わかりやすいものを理解し、信じたいものを信じる。

 

面倒くさいものや、見慣れないものは、とりあえず疑う。

 

信じるよりも、疑う方が楽だからかもしれない。

 

肯定するよりも、否定する方が楽だからかもしれない。

 

 

重たい荷物と、責任は、持ちたくないのが人情だから。

 

 

しかし、そこに愛情や友情が生じてくると、リスクを背負う気持ちが出てくる。

 

好きだから、わかってあげたい。

 

一緒にいたいから、助けてあげたいから、苦しみを減らしてあげたいから…

 

 

そういう相手の気持ちが、心にしみる。

 

相手を失望させたくなくて、どうしても言えないことがある。

 

 

人の話というのは、一気に根掘り葉掘り聞きだすものじゃない。

 

少しずつ、ゆっくりと、咀嚼しながら、理解し合うことが大切だと思う。

 

 

この映画には、実にさまざまな「事例」が出てきます。

 

優しくすること、親切にしてあげることが、

 

必ずしも、相手を喜ばせることにならない場合もある。

 

 

相手のためにと言いながら、実は、自己満足のためだったりもするから。

 

 

 

家族だって、普段からちゃんと話す習慣ができていないと、

 

いざとなった時に、協力し合えない。

 

都合のいい時だけ、命令して言うことを聞かせようというのは、無理。

 

 

所詮、土台がしっかりしていなければ、簡単に崩れてしまうのである。

 

 

言いようのない孤独を背負って生きている者は、感情に敏感である。

 

相手が機嫌悪かったり、イライラしていることを、すぐに察知する。

 

自分が「そこにいてもいい存在なのか」を、常に問うているからなのかも。

 

 

 

逃げ回るように、住所を転々とする人。

 

居場所を求めて、さまよい続ける人。

 

 

映画に出てくる3人の「謎の男」は、たしかに、「何か」を抱えている。

 

そこにたまたま、TVで殺人逃亡犯の指名手配のニュースが流れる。

 

誰かと誰かが似ているかどうかは、見る側の「印象」が大きく影響する。

 

アイドルがみんな同じ顔に見えたり、外国人がみんな同じ顔に見えたり…

 

 

ああ、思い込みって、恐ろしい。

 

差別や偏見も、イメージ操作や刷り込みによる「意図的なもの」が大きい。

 

 

いかにも悪そうな犯人なんて、「サザエさん」くらにししか出てこない。

 

誰が何をどういう風に考えているなんて、誰にもわからないのだ。

 

 

 

世の中は、理不尽に満ちている。

 

知らない人には、付いていかない。

 

危険な場所には、近づかない。

 

よそ者は、警戒されることが多い。

 

あいつが来てから、ろくなことがない、とか言われる。

 

 

成功すれば、妬まれ、失敗すれば、蔑まれる。

 

気に食わない者は、永遠に嫌われるのと同様、

 

本気で好きになった人は、やっぱり一生忘れられないのである。

 

 

冷静に考えることができれば、さほど問題にならないことも、

 

感情が先走ってしまうと、どんどん暴走してしまう。

 

 

だけど、胸を締め付けられるような衝動があるからこそ、推進力になるのだ。

 

本気で愛した人だからこそ、全てを賭けてでも、行動したくなるのだ。

 

「こうしなくちゃ」ではなく、「こうしたい」という気持ち。

 

むしろ、「こうせずにはいられない」というのが本音。

 

 

 

「怒り」の正体は、何でしょう。

 

「悲しみ」でしょうか。

 

「悔しさ」でしょうか。

 

「恨み」でしょうか。

 

「小さなイライラが積み重なった、我慢の限界」でしょうか。

 

 

それはきっと、人によって違うのでしょう。

 

すぐに、怒る人がいれば、

 

滅多に怒らない人もいる。

 

 

「怒り」は、何も生み出さないとかよく言われますが、

 

「怒り」を感じること自体は、悪いことじゃないと思うのです。

 

 

「感情」は、「行動」するための、「推進力」。

 

うまく取り扱えば、より絆が深まるための「きっかけ」になる。

 

 

この映画は、生きる上での、勉強になります。

 

自分が抱えている「怒り」と、しっかり向き合ってみることは、とても大切。

 

 

「怒り」から、目を背けるなかれ。

 

「怒り」の感情を、ごまかすなかれ。

 

 

だってそれは、人が生きていく上で、必要な要素なんだと思う。

 

自分の気持ちに無理矢理蓋をせずに、素直に向き合ってみましょう。

 

取り返しのつかない事態になるまえに、小出しにしていきましょう。

 

 

相手を理解するために、相手の「怒り」に寄り添ってあげる。

 

自分を理解してもらうために、「怒り」に寄り添ってもらう。

 

 

…「怒り」を感じること自体もまた、「生きている証拠」だから。

 

 

 

 

 

 

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2016-09-18

映画 「ライト/オフ」

テーマ:洋画

暗闇の中には、無限のロマンがある。

 

 

少しだけど、元気が出てきたので、ホラー映画を見て参りました。

 

1時間21分しかないので、気軽に楽しめました。

 

 

ジェームズ・ワンが製作だそうで、そこそこ楽しめるんじゃないかと。

 

原案は、ネットに投稿された、2分40秒くらいの映像。

 

映画を見てから確認してみたんですが、なるほどなあって思いました。

 

清水崇監督が、「呪死霊」で短編を撮って、

 

それが「呪怨」に発展したようなパターンに近いかも。

 

 

さて、映画ですが、シンプルで、クラシカルな魅力にあふれた作品に仕上がりました。

 

心が疲れている時に、気分転換に楽しむには、ちょうどいいでしょう。

 

上映時間が短いので、カップルでのデートにもおススメです。

 

 

 

暗闇というのは、俺の好きなシチュエーション。

 

幼稚園の頃に読んだ絵本「おしいれのぼうけん」とか、

 

小学生の頃に少年マガジンに連載していた「デビルマン」とか、

 

暗闇には、男のロマンを感じるんですよね。

 

 

本作の“モンスター”は、暗くなると姿を現します。

 

明るいところでは、消えてしまいます。

 

ある意味それは、“光を嫌う”という“弱点”でもあるということ。

 

 

日本映画の幽霊とかだと、得体のしれない恐怖を感じますが、

 

アメリカ映画に出てくる怪物系は、「戦える要素がある感じ」がするんですね。

 

「ゴーストバスターズ」がウケるのも、何だかわかる気がします。

 

 

 

とにかく、この映画は、すごくわかりやすい。

 

幽霊やモンスターといえども、正体がわかれば、怖さは薄れていくもの。

 

「元人間」だと思えば、哀れの感情すら湧いてくる…かも。

 

 

「異形の者」が、忌み嫌われるのには、理由がある。

 

しかし、彼らにもまた、そうなったいきさつがある。

 

そういう意味でも、本作は、人のメンタル面においても、興味深い。

 

 

浦沢直樹の「MONSTER」を思い出しますな。

 

 

 

主演のテリーサ・パーマーは、「呪怨 パンデミック」をはじめ、

 

「ウォーム・ボディーズ」や「Xミッション」に出ていたおねえちゃんですね。

 

芯は強そうだけど、怖がる表情が、なかなかセクシーでございます。

 

まだ30歳という若さなので、これからも活躍していただきたい。

 

 

心を病んだ母親と、聡明な弟と、チャラい彼氏…

 

なかなか、いい構成でしょう。映画を盛り上げる要素が盛りだくさん。

 

 

 

 

「暗闇」というのは、人によってイメージが異なるもの。

 

暗いのが怖い人は、電気をつけっぱなしで眠ったりします。

 

俺なんかは、真っ暗の方が落ち着いたりします。

 

どちらかというと、「静寂」にホッとするのかもしれません。

 

 

親父の怒鳴り声は、深夜になれば、いずれ止む。

 

静かになってからが、自分の時間。

 

中学生の頃も、親がうるさくて、受験勉強をするのは、深夜でした。

 

だから、暗闇と静寂が、俺に安心を与えてくれたのです。

 

 

映画館の椅子に身を沈めて、嫌な現実を忘れられる時間こそが、

 

生きる楽しさを味わえる、唯一の楽園だったんですね。

 

 

俺は、暗闇を愛する者のひとりとして、

 

この映画の「モンスター」に、感情移入しました。

 

だから、あえて言います。

 

この、ヘタクソ!と。

 

 

俺だったら、もっと効率よく、生きた人間を手玉に取る方法を考えます。

 

こいつはちょっと、頭が悪いんだなあと思いました。

 

だから、友達ができないし、みんなに嫌われる。

 

 

そして、問題の母親。

 

描写の掘り下げは足りないけど、想像力でカバーできる。

 

(あまり出し過ぎると、くどい演出になってしまうから、これくらいでいい)

 

 

自分の体験からいうと、親自身のストレスは、子供に向けない方がいい。

 

八つ当たりやいじめや虐待は、自分自身を否定する行為に他ならないんだから。

 

 

モンスターの正体は、何か。

 

モンスターを生み出してしまった原因は、何か。

 

母親が心を病んでしまった理由は、どこにあるのか。

 

 

光が当たり過ぎるところでは、かえって何も見えないことがある。

 

暗闇だからこそ、感じ取れるものが、確かにある。

 

 

真の暗闇は、存在しない。

 

俺は、そう思っています。

 

 

目を凝らせば、何かが、見えてくる。

 

 

…大切なものを、見逃すな!

 

 

 

 

 

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2016-09-09

U-NOTE Ⅱ 「出会うのは一瞬、記憶は永遠。」

テーマ:ケガ・病気

映画「ハチミツとクローバー」の主題歌は、

 

確か、スピッツの「魔法のコトバ」だったかな。

 

 

最近、少しずつ、飲みに出ています。

 

出る度に、友達が増えていく。

 

そして、久しぶりの人に再会する。

 

 

俺は基本、ひとり飲みが多いので、

 

お店で、仲間を作ってしまいます。

 

 

ここ一年くらいは、誰かと一緒に飲むことが、面倒になりました。

 

ちょっと前までは、大きな飲み会を仕切るのは、割と好きで、

 

ミニ同級会とか、飲み仲間の集いとか、ネットのオフ会とか、

 

月イチくらいのペースで、バンバンやってたものです。

 

 

でも、心を病んでからは、それがしんどくなっちゃって…

 

人の都合を聞いて、スケジュールを調整して、会場を予約して、

 

ドタキャンとか、飛び入りとか、二次会のお店の手配とか…

 

 

今思うと、俺にもそんなパワフルな時期があったんだなあ、って、

 

何だか懐かしくなります。

 

 

人間は、年を取ると、友達と連絡を取るのが億劫になるものです。

 

仕事絡みとか、共通の趣味とか、子供が同じ学校とか、

 

何か「利益を共有する」ことがないと、なかなか続かないものなんですね。

 

これは、仕方のないことなんです。

 

 

長く続いている関係というのは、どちらかがマメに連絡してくる場合が多い。

 

マメな方が連絡しなかったら、関係は終わっちゃう。

 

やっぱり、友達でも恋人でも、そんなもんなんです。

 

 

俺はどちらかというと、「マメに連絡する派」でした。

 

でもそれは、自分が元気だったからです。

 

社交性が高いのは、悪いことではありませんが、

 

やっぱり、疲れてしまうんですね。

 

 

 

この病気になってから、自分ができることと、

 

無理なことの「線引き」を考えるようになりました。

 

 

ちょうど、治りかけの時期(療養の後半)に、変化が起きたのです。

 

この相手は、自分に対して、ストレスにしかならないんじゃないか。

 

そう思える人を、敏感に見抜くようになったんですね。

 

 

俺は、どんなタイプの人でも、話を合わせる能力がありましたが、

 

やっぱり、無理なことは無理なんです。

 

 

要求ばかりしてきて、それを当たり前だと思い込んでいる人。

 

自分の話ばかりして、こっちの話を聞かない人。

 

文句ばかり言って、飲み会の楽しい雰囲気を台無しにする人。

 

酒癖が悪く、セクハラや暴言、暴力で、周りに迷惑をかける人。

 

不幸自慢ばかりで、相手の気持ちをまるで考えない人。

 

 

そういう輩とは、絶交しました。

 

だって、俺がもたないんだもん。

 

 

俺は、面倒見のいい桑ちゃんで通っていましたが、

 

そんな芸当が、ずっと続くわけがないでしょう。

 

限界というのは、誰にでもあるのです。

 

 

 

こいつは、何を言っても怒らない。

 

こいつは、何でも言うことを聞いてくれる。

 

こいつは、頼まれると断れない、都合のいい男。

 

 

そう思い込んでいた奴らとは、全員、サヨナラしました。

 

…ざまあみろ。

 

俺は、そこまで友達に不自由はしていないんだよ。

 

 

 

友達は、多ければいいというものではない。

 

だから俺には、「知り合い以上、友達未満」の人が、いっぱいいます。

 

 

名前も知らない人がいます。(単に、覚えられないだけ)

 

年齢も住所も、仕事も、全く知らない。(興味がないだけ)

 

でも、その人のキャラと、話した内容だけは、しっかり覚えているんです。

 

 

だから、向こうから、声をかけてくれることが多い。

 

あの時の桑ちゃんだよね、って。

 

俺は、はて、この人にいつ会ったっけ…なんていう調子。

 

でも、話をよく聞いてみると、確かに、会ったことのある人だった。

 

 

はあはあ、あの時、頼んだガーリックパスタが大盛過ぎて、

 

食い切れなかったおねえさんですね! なんていう具合。

 

 

キーワードさえあれば、俺のメモリーバンクが起動します。

 

年末に、満員の老舗スナックのカウンターで、一緒に飲んで、

 

意気投合した兄ちゃんが、実は会ったのが二度目だったとか。

 

あれ、前にもこんな話、しませんでしたっけ…なんて。

 

 

バーテンに聞くと、俺ら2人とも、久しぶりの来店だったそうで、

 

たまたま店が混んでいて、たまたま隣りに座って…

 

 

こういうのって、縁だと思うんですよね。

 

 

 

また会おうよ、なんて言っても、縁のない人には、二度と会えない。

 

名前も連絡先も知らない人に、また同じ店で会ったりする。

 

 

これは、飲み屋の法則みたいなものかもしれませんね。

 

 

 

スピッツの「魔法のコトバ」の歌詞で、俺が好きなところは、

 

 

また会えるよ 約束しなくても

 

 

 

素敵な、魔法の言葉ですよね。

 

でもこれは、ホントなんです。

 

 

全く違う店で、何年も経ってから再会したり。

 

久しぶりに行ったら、たまたま会って、あっちも久しぶりだったり。

 

 

俺にはよく、そんなことがあります。

 

 

だけど、いつもそんなことが起こるわけじゃない。

 

それは、飲み屋に「マメに通っている」からかもしれない。

 

俺は残念ながら、金持ちではなく、貧乏なので、

 

そうしょっちゅう行けるわけじゃないけど、

 

一年ぶりに行っても、ちゃんと顔を覚えていてくれて、

 

ボトルも流さないで取っておいてくれている…

 

 

いい店だ、と俺は思う。

 

いい店は、いい店主がいて、それに相応するいい客がいて成り立つ。

 

 

全ては、「縁」だと思うんですよね。

 

 

 

同じ人に、また会える幸運。

 

たった一度だけ会ったけど、大切な思い出となる記憶。

 

 

一生に一度の出会いかもしれない。

 

もう二度と、出会えないかもしれない。

 

 

だから、今、こうして、目の前にいる相手との時間を、大切にしたい。

 

 

俺のブログも、11年続いていますが、

 

始めた頃とは、大きく変形していると思います。

 

愛想をつかしていなくなった人、

 

ケンカ別れをした人、

 

他の読者のみなさんに迷惑をかけて、いなくなった人、

 

ブログのスタイルに文句をつけて、怒っていなくなった人…

 

 

今思うと、懐かしいです。

 

いなくなった人とはもう、話すこともできませんが、

 

オフ会で楽しくお酒を酌み交わした人とも、もう会えませんが、

 

 

でも、

 

でも、

 

俺の心の中に、ちゃんと生きています。

 

 

 

あの時、あたたかい言葉をかけてくれた恩は、忘れない。

 

おっさんに話しかけてくれた、気さくな青年の瞳の輝きを、忘れない。

 

 

ウイスキーに詳しい人。

 

音楽に詳しい人。

 

楽器を奏でる人。

 

下ネタを語る人。

 

 

そして俺は、映画を語るおっさん。

 

 

色んな人がいて、飲み屋は盛り上がる。

 

色んな人がいて、世の中は楽しくなる。

 

 

俺は、この世に「いらない人」ではないらしい。

 

俺を「必要」としてくれる人がいることが、生きる理由になるから。

 

 

 

もう少しだけ生きよう、と言いましたが、

 

もうしばらく生きた方がいいのかな、と思いました。

 

 

 

縁があれば、必ず会えます。

 

だから、あえて、約束はしません。

 

 

その方が、わくわくして、面白いでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

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2016-09-07

映画 「傷物語 Ⅱ 熱血編」

テーマ:アニメ・特撮

人間の心の闇に潜む、本能を呼び覚ませ。

 

 

1作目を見たので、また娘と一緒に見に行くことになりました。

 

いやあ、今回はすごかったですね~

 

 

俺の年代だと、ヒットするポイントが、

 

若い世代の皆様とは微妙にズレると思うんですが、

 

「デビルマン」と「巨人の星」的な要素が、笑えます。

 

そうか、これ、講談社だからOKなんですね~(笑)

 

 

俺みたいなおっさんが、このシリーズを語るポジションにはないと思うのですが、

 

素直に面白かったので、俺的にはヒットです。

 

 

もう、「ルドルフとイッパイアッテナ」とか、

 

「君の名は。」とか、どうでもよくなってきました。

 

上の2作品は、俺的にはもう、賞味期限を過ぎました。

 

今は、「傷物語Ⅱ」がダントツで突っ走っています。

 

 

そのくらい、インパクトがあって、楽しめたので。

 

俺、嘘はつきませんので、ホントです。

 

 

何というか、燃えましたね~

 

 

「デビルマン」第2巻の、シレーヌ編とか思い出して、懐かしい。

 

ヘタレが調教されて、潜在的超能力に目覚めていく過程は、ゾックゾク。

 

 

でも、ヘタレって、物凄い力を秘めているってことでもあるんですよね。

 

 

 

「新世紀エヴァンゲリオン」で、

 

静かな場面が長く続いた後に、アクティブな場面が数秒だけあって、

 

気がついたら、血がブシュー!

 

ああ、なんて「ウルトラセブン」なんだろう、なんて感動したものです。

 

 

「静」と「動」のバランスは、映画の基本的な骨組みだと思うんですが、

 

その見せ方とか、タイミングとかは、作り手のセンス。

 

観客は、チャンネルと周波数を同調させる能力を試されるのです。

 

でもそれは、あくまでも、受動的なものではなくて、

 

能動的な性質のものであるべきだろうと、俺は思うんですね。

 

 

何を面白がり、何をつまんないかを決めるのは、観客自身。

 

みんなが面白いから、面白いとか、

 

ヒットしているから、面白いに違いないとか、

 

有名だから、面白いに決まっているとか、

 

そんな感覚で映画を判断する奴は、信用できない。

 

 

自分が、その映画で何を得たか。

 

自分の魂が、その映画を通して、どう磨かれたか。

 

自分の物の考え方が、映画を見る前と見た後で、どう変わったか。

 

 

それが大事だと、俺は思うんですね。

 

 

本作を見て、俺は、

 

自分がずっと忘れていたことを、思い出しました。

 

 

俺はヘタレだけど、最弱ってわけじゃない。

 

「弱さ」を知っているからこその「強さ」だって、持ち合わせている。

 

 

だから、自分が暴走してしまうことを、恐れているのかもしれない。

 

 

 

己が感じたことを赤裸々に言えば言うほど、読み手側に見下される。

 

でも、それを言わないと、本当に言いたいことが見えてこないのだ。

 

 

カッコつけてばっかりいる男は、すぐにボロが出てしまうもの。

 

俺は、自称ヘタレなので、そういう意味では、書く内容は、自由である。

 

 

もともと、固定イメージなんてないから。

 

 

 

そういうことを、

 

人間としての、男としての、生き物としての原点のようなものを、

 

呼び覚ましてくれるような力が、本作にはあります。

 

 

 

俺の中には、得体のしれない獣が棲んでいます。

 

それを、封じ込めておきたい自制心と、

 

それを、解放してスッキリさせたい願望が、常に葛藤しています。

 

 

 

男も、

 

女も、

 

自分の本性に気づかないまま、一生を終える人がほとんど。

 

 

それは、自分の心と本気で向き合ったことがどれだけあるか、にかかっている。

 

 

本作の、会話の駆け引きが、深くて面白い。

 

恋愛も、命がけの戦いも、自分自身との向き合い方で変わる。

 

 

傷ができれば、血が流れる。

 

痛みを感じるのは、生きている証拠である。

 

 

 

痛いくらい、面白い。

 

この映画を見ている間だけ、俺は思春期の少年になっていました。

 

 

 

…青春って、いいもんですね☆

 

 

 

 

 

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2016-09-04

U-NOTE Ⅱ 「時間が、流れて行く」

テーマ:ケガ・病気

映画「探偵はBARにいる」で、カルメン・マキの歌が流れる場面があります。

 

タイトルは、「時計を止めて」。

 

 

「時の間」と書いて、「時間(じかん)」と読みます。

 

 

時は、ほんの一瞬。ほんのいっとき。

 

間は、何かが終わり、新しい何かが始まるまでの、わずかなひととき。

 

 

 

母が死んで、俺の中で、何かが終わりました。

 

今の自分の心境を、うまく説明できません。

 

ひとつ言えることは、

 

母はもう、親父からの「言葉の暴力」を受けなくてすむ。

 

弱い者いじめが大好きな親父は、家族を徹底的に攻撃し続けました。

 

それでいて、自分をもっと尊敬しろと「強要」。

 

自分だけが偉くて、周りはみんなバカ。

 

こんな女と結婚したのが、そもそもの間違いだ、と。

 

妻をバカにして、子供をバカにして、

 

こんなバカどもはいらない。さっさと死んでしまえ。

 

酒に酔った時の、あの「濁った瞳」を、俺は正視することができませんでした。

 

 

こんな家にいたら、気が狂ってしまう…

 

思春期の頃には、そういうことを強く感じていました。

 

色々あって、18歳で家を出て、親離れして、24歳でひとり暮らし。

 

 

親父と別居することで、初めて得た、開放感。

 

できればもう、あんな家には二度と帰りたくない、と思いました。

 

 

ただ、母のことだけが、気がかりだったのです。

 

母が、虐待を受けているかもしれないという不安が、

 

「様子見」という形で、実家に顔出しする習慣となりました。

 

 

母だけが、親父と俺の間のクッションになってくれて、

 

母がいてくれたから、何とか「家族」でいられたんだと思います。

 

 

俺は、親父が憎くて、兄も嫌いだったけど、

 

母だけは、恨む気にはなれなかったのです。

 

母がいたぶられていることを想像すると、切ない気分になっちゃう。

 

 

母は、農家の生まれて、朗らかで大らかな性格。

 

親父の気難しさをカバーできるのは、母しかいなかったと思います。

 

 

不謹慎な話ですが、母が死んで、俺はほっとした感があります。

 

勇気を出して、死ぬ覚悟で2回だけお見舞いに行った時に、

 

あまりの衰弱ぶりに驚いて、絶句したものです。

 

 

去年の秋と冬に、親父に致命的なひどい言葉を浴びせられ、

 

うつが悪化し、実家に近づくことすらできなくなった状態であることを、

 

親父は理解することができません。

 

そして、7月10日の、あの悪夢の6時間半…

 

薬が効いて体がうまく動かなかったために、自殺できなかった…

 

それが不運だったのか、幸運だったのか、俺にはわかりません。

 

 

 

留守電に何度も入っていた、あの「異常な怒鳴り声」を聞いて、

 

妻は、あまりのひどさに言葉を失いました。

 

精神科医からも、「父親とは距離を取るように」と言われていたし、

 

妻も娘も、積極的に防波堤になってくれたし、

 

面談をしてくれた保健師さんも、俺の味方になってくれた。

 

 

お通夜にも葬儀にも参加しない「親不孝者」を、

 

カフェの店長も、スナックのママも、決して責めませんでした。

 

ただ、俺が元気でいてくれることを、望んでくれたのです。

 

 

この街に来て、25年。

 

人生の半分以上を過ごした、ぬくもりのある街。

 

 

 

葬儀が終わり、形見分けも済んで、雑用も片付いて、

 

ここ数週間は、静かな日々が続いています。

 

 

そのうちまた、親父が暴れだす可能性は充分にあるし、

 

母が死んだ日に行方不明になった兄がどうなったかも、わかりません。

 

はっきり言って、もう、どうでもいいんです。

 

 

母はもう、いじめや虐待を受けなくてすむ。

 

心安らかに、好きな世界に旅立って、思う存分、楽しんで欲しい。

 

 

 

不安なことは、まだまだたくさんあるけど、

 

何も起きていないうちから心配し続けると、心が疲弊してしまう。

 

 

 

少しずつ、自分の好きなことを、やり始めています。

 

まだ、楽しめるほど、心が回復していないけど、

 

自分らしい行動をすることで、取り戻せるものがあると思うから。

 

 

時間が、解決してくれる。

 

そういう言葉があるけど、

 

正確には、時間をかけて、自然治癒力が働いていくということだと思う。

 

 

 

俺の人生での、不思議な法則がある。

 

面倒くさい、嫌な関係を断ち切ると、

 

次の瞬間には、新しい出会いがある。

 

 

新しく通い始めた飲み屋で出会う人たちが、個性的で面白い。

 

俺の映画話を楽しそうに聞いてくれる人。

 

音楽の話で盛り上がる人。

 

スコッチウイスキー愛好家のみなさん。

 

洋楽のカラオケでシャウトしまくる陽気な兄ちゃん。

 

そして、ジャズミュージシャンのメンバーのみなさん。

 

 

居場所は、自分で動いて、探すもの。

 

友達は、自分から積極的に話しかけて、関係を深めるもの。

 

 

 

まだ、元気は出ないけど、

 

癒される時間に、ほっとする自分を見つける時がある。

 

 

 

カウンターでたまたまご一緒した男性と、深い会話ができる時。

 

カウンターでたまたまご一緒した女性と、恋の話で盛り上がった時。

 

アイラモルトをロックで喉に流し込み、焼けるような余韻に浸りながら、

 

至福のひとときを、しばし味わう。

 

 

 

時計を止めて

 

2人の為に

 

素敵な恋の中で

 

そうっと

 

 

 

カルメン・マキの声は、生命力に満ち溢れている。

 

強さの中に優しさがあり、

 

弱い者をいたわる包容力を感じさせる。

 

 

男も、

 

女も、

 

親も、

 

子供も、

 

ただ、安心したいだけなんだと思う。

 

 

誰かと出会い、話をすると、

 

張りつめていた心が、ふっと軽くなる瞬間が、確かにある。

 

 

不安は、なくならない。

 

ただ、ほんのひとときだけ、忘れることはできる。

 

 

普段やらないことをやって、普段酷使している部分を休ませる。

 

そういう時間が、すごく大切に思えてくるのです。

 

 

時間の流れは、誰にも止められない。

 

アナログ時計の秒針を見ていると、そう思う。

 

 

だから、時計を見ないで過ごす時間を、もうけるようにする。

 

時計は、見ようが見まいが、勝手に動いている。

 

時計を見ることを忘れてしまうくらい、楽しめれば、理想。

 

 

 

俺は、時間を上手に使うことができない男ですが、

 

時間に縛られて生きることが苦痛であることを知っていますので、

 

これから、少しずつ、「生きた時間」を楽しめるようになりたいと思っています。

 

 

生まれたことに感謝できるような、

 

そんな体験をたくさん味わうことができたら、

 

きっと、人生を語れる男になれる。

 

 

これを乗り越えたら、大人の男に一歩近づけるかもしれない。

 

 

 

 

 

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