くろべえのパチンコ日記

元パチプロの「普通に」勝つ考え方をお教えします。
~ホントはたいした話じゃないんだけどね!


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第5夜後編「最後に残ったシノギをモノにする方法」をお送りします。

今のパチンコは終わります。

でもそれはまだ少し先のことでしょう。


ただ、今現在はそのプロセスの中にあって、どんどん辛くなっていく期待値とつきあっていく必要があります。


こんな状況に対応するには以下の技術と知識、そしてマインドがいります。


<マインド>

それは、漫然と(ボーッとして)パチンコを打つことをやめることから始まります。

パチンコをストレス解消の娯楽から稼ぎの手段に変えるのです。

これには苦痛が伴います。

これまでの、当たれ~当たれ~と念じて、熱くなったり、怖くなったり、大喜びしたり、という娯楽は姿を消すのです。

これまでの、エヴァが好きだから、AKBが好きだから、その機種を打つ、好きなものを打つ、という楽しさは姿を消すのです。

あなたがパチンコを好きだった理由のほとんどが消え去ってしまう苦痛。

まず、この苦痛に慣れることから稼ぐ考え方は始まるのです。

そして、パチンコを漫然とプレイする娯楽から、知的判断を要する投資に変えていく必要があるのです。

パチンコの立ち回りとは所詮、判断の繰り返し、に過ぎません。


<技術>

どうあっても人より多く玉を取る。

人と差をつける技術が必要です。

そして、人より早くその技術を習得することが必要です。

ある機種の調整はその機種を打つ人々の平均的な技術に合わせて行います。

平均より一歩抜きん出るだけで、これまでいくら打っても稼げなかったものが急に楽に稼げる機械になることは決して珍しいことではありません。

出来れば一歩とは言わず、二歩も三歩も抜きん出るつもりで技術を習得し、精度を高めていってください。


<知識>

やはり知識が一番重要な項目になります。

そして、今後のどんどん辛くなるホール状況で最も重要な知識とはいったいなんなのでしょうか?


ずばり、、、

「今打っているこの台の期待値はいくら?」を把握する能力です。


今までのように、
「なんとなく回ってると思うんだけど、なんか回らなくなってきたな~」
「電サポで結構玉が抜けるので、イマイチ回らないけど大丈夫だろ?」
のような感覚的なラインではもう無理です。

甘い調整では、もう感覚的に「これは稼げている」って分かるものでした。

でも、そんなやりかたでは把握不能なほど、相手(ホール)がギリギリの調整で挑んできています。

リアルタイムで、打ちながら、、、
「この台の期待値は1,300円程度だろう。それなら昨日打った台が仮に千円当たり0.5回転くらい落とされていても1,500円程度は確保出来るので、あっちを打った方が良い。」

この程度の比較対象が当たり前で出来る能力が必要になっています。

結局、ホール全体の台の平均期待値は落ちてきていますが、1台1台を見ていけば、まだまだ打てる台というのは存在するのです。

それをしっかり把握し、見つけ、打つ能力。これらが要求されるのです。



最後に・・・

「最後に残ったシノギ」としてはたったこれくらいでまだまだアルバイトよりはずっと良い時給が出ます。

このシノギを利用してください。吸い取れるだけ吸い取るべきです。

でも、これはあくまでもくろべえの考え方ですが、いつまでもやれることとして考えない方が良いでしょう。


勉強したり、学校に行ったり、資格を取ったり、起業を考えたり、、、

自分の未来を考え、行動しつつ「最後に残ったシノギ」を利用するのは賢い方法だと思います。


これにどっぷり依存してしまうと、5年先、あなたに何が残るのか、くろべえには予想すら付きません。


そして、パチンコを愛する者として、もうシノギでなくなった「遊びのパチンコ」にいつか戻れれば、これはきっと楽しいコトに違いありません。


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最終話の第5夜は「くろべえの確信」をお送りします。


長く、暗いお話しでしたでしょうか?

ご安心ください。今日で終わります。


そうです。ずっと暗い暗い話をしてきました。

でも、決して悲観的な話をする気はありませんでした。


映画でも小説でも重苦しい時間が長ければ長いほどそれから解放される瞬間は印象に残るものです。


そう、私が今回お話ししたかったことは、「終わるパチンコ」もあれば「始まるパチンコ」もあるということなのです。


でも、もう一度、パチンコがここに至った理由を考えてみましょう。


パチンコに夢中になる若者は減る一方。

その理由はお金の問題もあるでしょう。

が、それだけではなく、「パチンコ」という言葉が持つ後ろ暗く、古くさいイメージに魅力を感じなくなっているのがその最も大きな理由でしょう。



街角津々浦々にあった、ふらっと立ち寄れる地元のパーラーはどんどん姿を消してきています。

そのかわりにヘビーユーザーがガッツリ打ちたいときに車に乗って行くような郊外型の大型店舗は未だにグランドオープンしています。


手軽に遊べるのがパチンコだったはずなのに・・・

幅広い層に遊んで貰えるパチンコを業界一丸となって消し去り、マックス機や爆裂機など利益率の高い営業に右に習えで突進していった結果がここにあります。


そして、業界のサイズが縮小の一途を辿っているのに、メーカーの数も規模も、パチンコ店舗数も、就業人口も大きすぎるのです。

それを養うための高利益率を求め続け、結局その重さに耐えきれなくなったユーザーが離れ、それでも打ちたいユーザーがプロ化していっただけなのです。



淘汰され、小さくなった新しいパチンコ業界がいずれ始まります。


新しく始まるパチンコは街角にひっそりと生き残った小さなパーラーから始まるのかもしれません。

店舗はあくまでも設置産業、ということを考えれば、メーカーの協力がいるでしょう。


そして「玉遊び」の復活です。

盤面のほとんどを占領してしまった液晶を取り外すことから考える必要があるかも知れません。

球体を使った遊びの基本は「どちらに動くか分からない」という基本があるはずなのです。


野球でピッチャーが投げた玉をバッターが打った後、デジタルルーレットを回してホームランか2塁打かアウトを決める、これなんてバカな話です。

どこに飛ぶか分からないから野手はいつも緊張してボールが来るのを待っているし、観客だってそうです。


ハネ、クルーン・・・今のデジパチのがちゃがちゃ動くけど何もしない役モノではありません。

本当の役モノが動き、盤面の中で玉の動きに一喜一憂出来る遊び。

技術介入はもちろんあるけれど、プロが稼ぐには物足りない期待時給しか出ない。


4円パチンコで大丈夫なはずです。

1日大きく勝てて2万円程度、負けて2万円程度。

店側から見ての玉単価を極限まで下げて営業する必要があるでしょう。

そのためにはパーソナルや循環式など手をつける部分は多くあるかも知れませんし、ルールも共有を禁止したり、必要とあれば無制限というのも再考の余地があるかも知れません。


ユーザーにとって本来、パチンコはギャンブルでもなければ、ましてやシノギではないのです。

「ない」というより、そうあっては「ならない」のです。

今の状況にあってもホールが言い続ける言葉

「パチンコは遊び」

それだったら、それなりの営業にするべきなのです。


そもそもホールが期待する利益率が間違っているのです。

そして、そんなホールだからこそ、糞高い台を売りつけても平気なメーカーが存在しうるということなのです。


でも、改革なんて彼ら(ホール、メーカー)には無理です。

最後に残った「荒稼ぎ」の手段を放り出すことは絶対にしません。


でも、心配はご無用です。

ファンがどんどん減り、残ったファンはプロ化し、収益はどんどん低迷していくでしょう。


それまでは我々プロがむしり取れるだけむしり取って差し上げます。


ちょっと大げさかも知れませんが、5年後のパチンコ業界は今のサイズの半分にまで落ち込んでいるかも知れません。

「このままではやっていけない」という自然淘汰の中で初めて改革、というより変革が起こるでしょう。

そしてそれはパチンコが「娯楽・遊び」を取り戻す最後のチャンスになるはずです。

本当に面白い、気軽に打てる、パチンコが我々の手に戻ってくるはずです。


いかがでしたか?
このパチンコの未来像は暗いでしょうか?

私は全くそうは思いません。

今が異常なのです。

淘汰の果てに、あるべき姿になっていく、我々はそのまっただ中にいて、それを見ているに過ぎません。


さて、非常にプロ志向の強いパチたま通信の読者様はこのシリーズを読んでどう感じられましたか?


なんだ、もう稼げなくなっちゃうじゃないか!

と思われたでしょうか?

確かにそうです。

いずれそうなるでしょう。

でも、それは明日ではありません。明後日でもないでしょう。


~第5夜後編「最後に残ったシノギをモノにする方法」につづく~

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第4夜は「それでもプロは食べていく」をお送りします。


2月のパチンコ店現役店長田上さん(仮名)とのお話しは非常に興味深いものでした。

そして、その翌月に今度は全く逆の立場、現役パチプロと同じ渋谷で会うことになるとは予想すらしていませんでした。


3月未明

私は横浜に向かう途上にありました。

関東の調査稼働班立ち上げスタッフとして、1週間の滞在を予定していました。


この出張にはもう一つ予定がありました。

それが現役パチプロ、寺内さん(仮名)との会合です。


1週間出張のちょうど中日に「会いたい」という連絡を事前に受けていたのです。

正直、寺内さんと会って、何を期待すべきなのかよく分からないというのはありました。


そして、当日。


私は横浜、寺内さんは埼玉、ということもあり、中間地点、と言うわけでもないですが渋谷で会うことになりました。


例の如く、ハチ公前で待ち合わせし、まるでちょうど1ヶ月前の田上さんと出会ったときのデジャブーのように近くの居酒屋に入っていきました。

ただ、前回は店長、今回はその真逆の立場、現役パチプロです。


とりあえず生中を注文します。


「何を期待すべきなのかよく分からない」と先ほど言いましたが、こう言うときは人の話を聞くのが一番です。


くろ「最近、どうですか?」

寺内「さっぱりですね~」


これではまるで「儲かりまっか?」「ぼちぼちでんなぁ」のもはや存在すら疑わしいベタな大阪商人の会話です。


最初、あまりスムーズとは言えない会話もお酒が進むにつれてお互い饒舌になっていきました。


「やっぱり、ここのところ、きついですか?」


寺内さんはもう40代なかば。

長い期間、専業パチプロとして凌いできただけあって、良い時期も悪い時期もずーっと食ってきたわけです。

もう20年以上も凌いできたわけです。


「良いときもあれば悪いときもあります。」

昔の一発台や攻略台の話、そんなのが姿を消したと思えば、また何か出てくる。

ずーっとそんな繰り返しがあって、その中でパチプロとして凌いできた。

寺内さんは、そういいます。


でも、私は、その繰り返しがついに終焉を迎えた、という意見を述べました。

田上さんとの会話・・・消費税の導入、高価・等価化、ファンの激減、低玉貸化、可処分所得の減少、過剰新台リリース・・・

終わりに向かうための要素は全て揃ってしまった。

私はもう店にとって30兆円時代は訪れることもないし、逆にプロにとっても銭形程度のバブルすらもう起こらないと確信しているのです。


それでも、寺内さんはその中で出来ることがあると考えるのです。

「最近の業界の凋落ぶりを考えれば、いつまでもこれで食っていけるかどうかはわかりません。」

寺内さんは続けます。

「でも、どんなに辛くなっても普通の客が打ちたくなくなるほどの調整にはならないでしょう?」


寺内さんの考え方はこうです。

普通の客が打ちたくなくなるほどの調整にならない限り、派遣社員程度の時給は確保出来る。

そして、パチンコという娯楽の性質上、お店は打ちたくならないような調整には出来ない。

つまり、食っていける、と言うものです。


「昨日も日当でましたし、一昨日も出ました。明日急に出なくなるとは考えにくいんです。」


そう、パチプロたちは毎日の連続の中で生活しているのです。


いいえ、よくよく考えてみれば、パチプロに限らず、我々みんな毎日の連続の中で生活しているだけです。

「今日はご飯にありつけた。明日もありつけるだろう。」って。


もちろん、そんな保証はどこにもありません。

あるはずがないのです。

でも、そうやって人は生きているのです。


いまやパチプロというシノギは黄昏時を迎えているのは間違いありません。

それでもパチプロで食べていくことを選んだ寺内さん。


そんな寺内さんの話を聞いていて、「終わるパチンコ」とは少し違う考えが私の中で育ってくるのを感じました。

それは、ずーっと抱いていた「ある思い」の進化でした。

そして、それは確信に変わっていったのです。


次回最終回、第5夜「くろべえの確信」



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