<季節はずれとは?>





「ねえ!スコップない?スコップ!!」

「・・・・・・・。」

いきなりだったので、私も、向日葵も固まっていた。

「あ、これね!ありがとありがと!」

そういって誰とも言葉を交わしていないのに、彼女は
入り口に立ててあったスコップを借りて走っていってしまった。


―――・・・・・数分後。

雪なのか汗なのか、髪もコートも冷たくなった彼女が帰ってきた。

「・・・・・・だめだわ・・。車・・・・置いて帰ろうかな・・・・。」

とても寒そうにしている彼女に、暖かい飲み物でも
いかがですか?と言ってみた。

すると彼女は「何かもらおっかな・・。」
と言って濡れた髪のけを、ゆっくり耳にかけた。
あまりにも会話が自然だったので思わず向日葵が
わかるんですか?と聞いていたのを覚えている。
いつものあの感じで「は?」と聞き返されていたのは
初めて会ったときから変わらないやり取りである。

コートを脱いで、よかったらと渡したバスタオルを
頭からかぶって、ソファーに座っていた彼女が
ちょいちょいと、手招きをした。
なんだろうと近くまでいった次の瞬間、私はえい!という
掛け声とともに、暖かい腕の中に居た。
「この子かわいいー!呼んだら来るなんて!!」
そう彼女が言いながら
「あったまるまでここに居てね。」
なんて少し申し訳なさそうに笑った。






「おまたせしました・・・。」


向日葵が持ってきたのは、ホットココアだった。

「ココア?コーヒー屋さんかと思ってたのに。」

そういって一口、飲んだ。

「・・・・・・・おいしい。」

彼女の唇が、だんだんとぴんくになっていくまでに、
そう時間はかからなかった。
 
 
 

雪は、まだ止まない。






 

<季節はずれとは?>



「ねーねー!マスターーー!!聞いてるうううう??」

「・・・・はい。」

「だーーーーからーー!海行こうようーーーみーーーーぃ!」

「・・・・・・無理です。」

この女性は七島さんと言って、フリーライターをいう仕事をしている。
仕事で行き詰ったとき、息抜きしたいときによくここへくる。
酔っ払ってくることも、稀にある。

愛想の無い向日葵に対しても、得に構えた様子も無く
いつもこの調子である。

なんで海に行きたいの?と私が訪ねると彼女は得意げに
「海はいいわよー!おっきくてさ。」と弾むように答えて
「海はな~んでも知ってるのよ。」と、まるで悪巧み中の
子どもみたいな顔で続けた。

七島さんは私にも、たくさん話しかけてくる。
ときどき返事がかみ合わないこともあるけれど、
だいたいそれっぽい答えが返ってくるので、二人はわりと相性が良い。

七島さんと初めて会ったときも、雪の日だった。


「ちょっとすいませーーーーーん!」

何かがドアに飛んできたのかと思えるほどいきなり、
一瞬で彼女が現れた。
その日は、昨晩からせっせと降り続いた雪が、
街にどっしりと腰をすえていた。
人の流れはいつもの荒々しさを忘れ、一歩一歩バランスを
取りながら、絡んだ毛糸をほぐすように進んでいた。

そんな日の夕方、彼女の車がカフェの前でどうにも動かなくなって
しまった。

 
 
 
<愚痴を③>




「今・・?」

「どっちも悪くない、だそうです。」



まるで冗談を言いそうも無い人に、不思議なことを言われると
信じてしまいたくなりますよね。男性はその後、少しぬるめの
コーヒーを飲みきると、早く帰らなくちゃ・・・と言って出て行きました。


―――――・・・・・。

「あの・・・・るるさん。」

「はい?」


「どうして俺には、君が女の子に見えるのかな。」

「逆に聞きたいですけど、どうしてみんなには、私が猫にしか
 見えないんでしょうか!」


「お客様がいるときは、君は猫の姿をしてる。」

「そうみたいですね?」

「誰も居なくなると、元の姿に戻る。」

「そうみたいですね??」

「言葉はずっと分かるんだ・・。」

「そうみたいですね・・・。」


この話になると向日葵は良く喋る。
こんなに不思議なことを目の前にしてしまったら、普段無口な人も
聞きたいことで溢れてしまうものですよね。

「マスター、何回この会話しても、答えは出ないと思いますよ!」

そういっていたずらっぽく笑ってみせた。
向日葵は、ふう・・と一回深く呼吸をすると、それもそうだなと
奥の焙煎部屋へ入っていった。


これが、最初の年に起きた私たちの奇跡。

るるは向日葵がつけた名前。お客さんにその子は?と聞かれ
とっさに自分が飲んでいた風邪薬の箱が目に入ったそうだ。

その日から、私は自分の名前が思い出せない。
いや、もっと前から分からないのかもしれない。
私が一体、どうしてここにいるのか。

あの日・・なにがあったのか・・。今の二人にはまだ
分からないままでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
るるちゃあ~//