昨日友人が僕のお店に遊びに来てくれました。
近状報告をし合っている中で職場の虐めに有った事や彼女の支えによって
職場復帰出来きた事などを嬉しそうに話してくれました。
この職場虐めですが、僕も何度も経験があります。
東京から和歌山に帰った頃、言葉が東京弁で気取ってるとか、関西弁とは
アクセントが違うとか考え方が違うとか色々ありました。
そしていくつか職場を変わる度にどこに行っても虐めはありました。
それを無くす為に自分のミスを無くし、素直な返事と態度で、前向きに仕事
に取り組み懸命に努力した結果虐められるような事は無くなりました。
そして、これでずっとなんとかなく仕事をしながら、占いをしてでも占い一本
で食べれるようになる迄はいいかなと言う風に漠然と考えている自分がいまし
た。
そんな日々を過ごしているある日、突然会社の一部の人から揚げ足をとられた
り、どなるような口調で文句を言われたりするようになったのです。
同僚から聞いた理由は納得のいく理由ではありませんでした。
けれど、この時ふと我にかえったのです。
俺は、正社員という安定に目が眩んで自分の夢をあきらめていた。
死ぬ気で取り組まなければ夢はかなわない。この仕事を一生して死んだとした
ら自分の人生に満足して死ねるか?
答えは満足して死ねないでした。

人生を生き切る。

そう考えた瞬間に分かったのです、生き方が間違っているという警告だ。
次の日、出勤前にタロットカードを引きました。
カードはこう僕に告げました。
信念を通せ、そして自らの手で、今日運命を変えろ!
出社後、僕は辞表を出しました。

その後、こう思えたのです。虐めよありがとう。自分を見失わないですんだ。

虐めをする人々は器量の狭い人が多いいです。
そしてその方達の住んでる社会は、妬み、ひがみ、裏切り、ある時は仲間
次の瞬間から敵、敵が味方と激しく入れ替わります。
このような世界を地獄といいます。

しかし、その地獄に自らもいる事を考え学びとして捉えれば、又世界がひらけ
ます。

僕の友人はその虐めがあった会社でばりばりやっています。
彼が、その学びを終えて、その一部の人達がちょっかいを掛けなくなり、地獄
を抜けました。
僕は、自分の心だしを胸に抱く事で地獄を卒業しました。

石の上にも三年と良く言いますが、我慢を覚える事、どんな状況でも自分を
コントロールする事を覚えるのには、良いかもしれませんが、一生はそんなに
長くないし、自分のやりたい事でスペシャリストになるには膨大な時間が必要
です。
その両方を考えて、次の一歩を踏み出すべきです。