晴れたカトマンズ。そして、届けたい人。(エベレスト登頂まで、あと36日) | 栗城史多オフィシャルブログ Powered by Ameba

晴れたカトマンズ。そして、届けたい人。(エベレスト登頂まで、あと36日)

 ナマステ。何度もネパールのカトマンズに来ているが、こんなに空気が綺麗だなと思ったことはなかった。今までカトマンズは埃と排気ガスが多くて、マスクをつけて街を歩いたこともあった。
 でも、今のカトマンズは雨期が終わり、青空が広がっている。こんなに広い青空を昨年見ることができればと空を見上げていた。


 昨年の秋のエベレスト遠征は、「ラニーニャ」という異常気象が続いていた。カトマンズは朝も夜も毎日大粒の雨が降り続けていた。

 ルクラに向かう飛行儀は雨で5日間も飛ぶことができず、空港でひたすら待つ毎日が続いた。雨の中、ようやく一便目の飛行機が飛び立つ。続いて僕らが乗っている2便目が飛び立とうとした時に、パイロットが途中で止めた。再び空港の待合い室に戻り、次のフライトを待っていると突然テレビの前に人が集まり始めた。それは先ほど飛んで行った一番目の飛行機が、途中で墜落したというニュースだった。
 
 そのニュースの中に名簿が出てくる。先ほどまでロビーで一緒にいた日本人学生の林さん。そして、僕の撮影兼中継サポートのテンバ・シェルパの名前があった。

 その時のショックは今でも忘れることはない。あの日からちょうど一年。もしあの時にこんなに空が晴れていたら、僕の心も晴れて登っていたかもしれない。

 
 あの時、僕はテンバさんのためにも登らなくてはと思っていた。そして、なんとか心を頂上に向けようとしていた。中継の時は明るくても、ふとした瞬間にテンバさんの顔を思い出した。

 エベレストは僕を遠ざけようと、悪天候は容赦なく続いた。時には、大きな雪崩がベースキャンプ近くまで落ちて来た。
 
 そして天候不良で十分な順応ができないまま、最後のアタックを迎えようとしていた。ヒマラヤ専門の山岳気象予報士からも、「タイミングが悪い。冬の低気圧が明後日にくる。時間切れだ。」と言われた。それでも可能性があるならと、最後に8000mのサウスコルに上がって行く。天候は晴れているが気圧が低く、予報通り冬型の低気圧が来ているのを感じていた。そして、下山となった。

 
 テンバさんの夢は日本に行くことだった。その彼の夢を、僕は飛行機事故で失わせてしまった。だからこそテンバさんが応援してくれているこのエベレストをやり遂げたい。
 そして、いつも遠征後に会っているテンバさんの家族とテンバさんに、エベレストを届けたい。


 明日、朝6時半発の飛行機でルクラに飛びます。そして、いよいよキャラバン開始です。複雑な気持ちで飛行機に乗りますが、この先にエベレストがあります。
では、行ってきます。

ナマステ。

プジャといういつもの安全祈願をしますが、いつも坊さんがいなくて非常勤のお坊さんが祈祷してくれました。大丈夫かな。
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大事なプジャの最中におどけるマン・サーダー。あいからず怪しいです。
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カトマンズの空。
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You Tube動画 「初日 エベレストへの挑戦が始まる」