わが国の医療費の将来見通し 3/3 | (仮)アホを自覚し努力を続ける!

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わが国の医療費の将来見通し ─医療費の増加にどのように対応するか─
(財務総合政策研究所 研究員 堀内義裕)


4.諸外国における状況

 前章では、わが国の医療費が増加を続け、政府の財政支出への影響も大きくなることが見込まれることを示した。本章では医療費の動向について諸外国の状況を確認し、わが国も含めた国際比較の視点から考える。


4-1. OECD Health Data

 まず、国際的な医療費及び医療に関する財政支出を比較するために、OECD Health Dataを概観する。各国により統計の範囲が必ずしも一致していない点には留意が必要であるが、先進国の医療に係る統計を幅広く確認することができる。

 Health Dataの最新版(2010年10月)によれば。2008年における、総医療費(※5)対GDP比のOECD平均は8.9%であった(図5)。日本は8.1%と、平均よりも低い水準となっている。また、総医療費に占める公的医療費(政府及び社会保障基金から支出される医療費)の割合は、OECD平均は72.1%であり、日本は81.9%と加盟国の中でも上位の水準であった。すなわち、日本の医療費は、国際的にみると相対的に低い費用で制度運営が行われている一方で、財政的な支出により提供されているサービスの割合が大きいことが分かる。また、1960年からの長期的な推移をみると、日本の総医療費がOECD平均より下回っている姿は変わらないが、概ね同じような速度で増加していることが確認できる(図6)

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4-2. IMFによる分析

 IMFもOECD Health Dataの過去の推移について、購買力平価で調整したデータによる国際比較を行っている(Jenkner,Leive(2010))。それによると、OECD諸国の総医療費対GDP比は、1970年から2007年にかけて6%以上増加し、公的医療支出対GDPは3.5~4%増加したとされる。この期間に一人当たり医療費は4倍に増えており、それによる総医療費への影響が大きかったことが指摘されている。また、各国の公的医療費の将来推計も行っており、2030年におけるGDP比はOECD平均で10.5%と、今後さらに増加すると試算している。

 このように、過去において医療費が増加しており、将来さらに増えていく傾向は、国際的にみても同様である。各国によって、医療保険制度の仕組みは異なっているが、それぞれ増加する負担への対応の必要性が認識されている。


5.増加する医療費への対応

 本章では、国際的にも増加が見込まれる医療費に対して、どのような対応が検討されているかについて、国際機関の示す事例を紹介する。


5-1. IMF

 Jenkner, Leive(2010)は、医療費を抑制するためにOECD諸国で導入された事例を幅広く取り上げ、需要側、供給側に分けて、各国が取り得る5つのオプションを紹介している。需要側については、①患者負担を増やすこと、②民間医療保険(※6)の免税措置を削減することを挙げ、供給側については、③診療報酬へ予算制約をより厳しく課すこと、④費用対効果分析の改善、⑤公的医療保険給付の対象範囲の縮小を挙げている。これらの中には、すでにわが国で取り組まれている内容も含まれているが、④の費用対効果分析の導入・改善については、諸外国の事例から学ぶ点が多いと考えられる。

 費用対効果分析とは、ある医療サービスや薬の導入に要する費用とそれにより得られる効果を比較検討する手法である。分析の結果、その効果が目覚しいものであれば、より多くの資源配分を行い、他方、従来のものからそれほど大きな進歩がなければ価格を低く抑える、といった政策対応が可能となる。諸外国では1990年代にオーストラリア、カナダ、イギリス等で導入され、フランス、ドイツ等先進国で広がりをみせている。イギリスでは、NICE(※7)という専門の部局が設置され、分析を行っている。

 NICEでは、費用対効果を分析する際に、QALY法という手法を用いている。このQALYは、「質で調整した生存年(Quality Adjusted Life Years)」と呼ばれ、QOL(生活の質)を考慮した生存年数の効用を示す。完全に健康な人が生活する1年が1QALYと定義され、反対に、死亡した場合のQALYは0となる。例えば、ある病気で過ごす1年の効用が0.8であるとき、その状態で5年生存する場合のQALYは0.8×5=4となる。これは健康な人が4年過ごす効用と等しいとされる(※8)。QALY法は、特定の医療サービスや新薬を導入した際に、1QALYを改善するために必要な費用を比較するものである。必要な費用が高額な場合、公的医療制度では提供しない等の対応が行われる。QALY法については、患者のQOLの測定の難しさや、どの水準の費用までその社会が許容できるか等の議論が存在するが、異なる分野の治療について共通の価値尺度で比較・分析できる点は検討に値するであろう。

 このような費用対効果分析の導入は、わが国ではいまだ進んでいない。中医協の薬科専門部会が1999年に示した「薬価制度改革の基本方針」において、費用対効果分析の研究を進め、その結論が得られれば、ルールの見直しを図る旨が提言された。しかし、大日・菅原(2005)は、これまでに公式なルールとして提言・運用されたことは無い、と指摘している。これは、現状も同様であり、導入へ向けた取組みを期待したい(※9)

 今後、費用対効果を導入する際には、できるだけ広範囲で精緻、かつ比較可能なレセプトデータが整備されていることが望ましい。しかし、わが国はデータの収集、利用環境の整備がともに進んでいない。DPC導入に伴ってデータが蓄積されつつある面もあるが、医療サービスの実態把握に向けたデータ収集と、その活用状況は十分とは言い難い。現在のわが国では、医療の効率化へ向けて、費用対効果の高い医療を検討しようにも、データの制約により分析できない状況である。これからの医療制度を考える上で、早急な整備が求められる。


5-2. OECD

 OECDでは「対日経済審査報告書2009年版」で、日本経済の見通しと、中期的な成長への課題等を提言しており、その中で医療改革の必要性についても言及している。

 わが国の医療制度については、医療アクセス、有効性、効率性の観点から優れていると評価しているが、一方で、医療費の増加圧力や、ドラッグ・ラグの存在、地域間の医療格差、自己負担の重さ等について指摘し、これらへの対策が必要であると警鐘を鳴らしている。

 報告書では、医療費抑制のために、DPCの改革によって、病院側の効率性向上へのインセンティブを強めることや、ジェネリック医薬品の使用を求めている。また、不必要な診察を減らし、専門医への患者の集中を避けるため、ゲートキーパー(かかりつけ医)制度を導入することや、医療の効率性・質を高めるために電子レセプトシステムの導入等も指摘している。また、診療報酬の決定について、費用対効果分析に基づいて行うように求めている点は、IMFと共通している。

 これらの指摘は、わが国のこれまでの医療政策を踏まえた上で行われているものであり、参考にすべき点が多いと考えられる。


6.おわりに

 本稿では、わが国の医療費が今後も増加を続け、それに伴って公費負担割合が上昇し、財政への影響も大きくなることが予想されることを示した。諸外国においても医療費は同じような速度で上昇しており、医療費の伸びの抑制が各国共通の課題となっている。

 わが国でも、現在の医療制度において将来的に必要となる財源を確保するとともに、医療の効率化に取り組むことが求められる。そのために、費用対効果分析の導入や、その前提となる利用可能なレセプトデータの整備等、議論の共通のたたき台となる環境を整備するべきであろう。

 OECDの報告書にあるように、わが国の医療制度は国際的にみて優れている点が多い。しかし、制度の持続可能性という視点から考えると、これからの費用の増加、財政への影響を踏まえ、制度の見直しを考える必要がある。近年、医療を含めた社会保障制度のあり方について、様々な検討が進められている。現在だけでなく、将来世代も安心できる制度設計がなされることを期待したい。

 本稿内に示された意見はすべて執筆者個人に属し、財務省あるいは財務総合政策研究所の公式見解を示すものではない。また、本稿の作成にあたっては、京都大学の上田淳二准教授に多くの有益なご助言をいただいた。記して感謝の意を表します。


※5)OECDの「総医療費(Total expenditure on health)」には、日本の国民医療費の範囲に加え、介護費用の一部(介護保険適用分)、民間の医療保険からの給付、妊娠分娩費用や、予防に係る費用等が含まれている。

※6)ここでは、公的医療保険の補償を受けられない国民が加入する(公的医療保険を代替する)保険が主に想定されている。

※7)National Institute for Health and Clinical Excellence

※8)ここでは、割引現在価値等は考慮していない。

※9)現在の薬価制度では、新薬は個別に類似薬効方式と原価計算方式によって薬価算定され、高い有用性がある場合は画期性加算、新規性に乏しい場合は低く抑える等の対応はなされている。