地域から見た医療問題(その1) | (仮)アホを自覚し努力を続ける!

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地域から見た医療問題(その1)
(日本経済研究センター 研究顧問 小峰 隆夫)


 日本の経済社会にとって今後大きな問題となるのが医療であることは多くの人が同意するだろう。これまでのところは日本の医療は比較的良好なパフォーマンスを示してきた。だが、このところほころびが目立ってきており、多くの人が「このままで大丈夫だろうか」と不安を覚え始めている。この医療問題は地域とも密接に関連し合っている。

 総合研究開発機構(NIRA)は、3月末に『「まちなか集積医療」の提言』という報告書を出した。これは医療問題と地域問題を一体的に解決していく道はないかという問題意識から各方面の専門家が検討した結果をまとめたもので、私もメンバーの一員として参加した。今回はこの提言を基に地域の視点から医療問題を考えてみる。


経済の視点から医療を見直す

 多くの人は「医療は特別だ」と考える。もちろんその気持ちはよく分かる。何と言っても医療は人の命にかかわるものだし、自分の身になって考えてみても、「医療体制はしっかりしておいて欲しい」と思う。だからこそ多くの人は「医療は特別なもので、質の高い医療が、全国民に等しく提供されるべきだ」と考え、次に「しかし効率的な医療サービスという観点も必要だから、経済的なインセンティブなども織り込んでいく必要がある」と考える。

 しかし医療問題の本質を考えるためには、一度発想を逆転させてみてはどうだろうか。つまり、まず「医療も普通のサービスの販売である」「病院も普通のサービス産業である」という視点で医療を考え、その後に「しかしそうは言っても、やはり医療には特別に考えるべき視点がある」と補うのである。

 要するにどちらから接近するかであって、結論は同じようなものかもしれない。だが、「医療も普通の経済活動だ」という基本的視点で考えると、次のような考えを導くことができる。

 第1に、需給調整は市場メカニズムの得意分野なのだから、医療サービスや医療従事者の地域的な過不足については、価格を通じたインセンティブを使うのが効果的だ。例えば、特定の医療行為が行われにくい場合(産婦人科医の不足など)や、特定の地域で医師不足が起きる場合(過疎地など)は、そうした医療行為の価格、医療行為従事者の報酬を高くすればよい。また、大病院でのコンビニ受診を防ぐには、紹介のない軽度の医療行為の価格を引き上げればよいという結論が得られる。医療は特別で、価格、報酬は全国一律であるべきだという意識が強すぎると、こうしたインセンティブを活用した問題解決の余地が狭められてしまう。

 第2に、普通の経済では需要が発生すれば、新しい産業、雇用機会が生まれ、経済が活性化するはずだ。すると、高齢化に伴い医療サービスへの需要が大幅に増えるということは、それによって新たな産業と雇用が生まれるということである。したがって、適切な負担の下で医療サービス需要を増やしていけば、医療がこれからのリーディング産業になるという考えが導かれる(介護も同じ)。地域という点では、病院などの医療施設を中心とした町づくりを進めることで地域を活性化するという発想が出てくる。医療は特別という発想が強すぎると、「利用行為を厳しく監視する」「医療費を抑制する」という側面が強調されてしまい、新たなリーディング産業への芽が摘まれてしまうことになりかねない。


医療経営のガバナンスも重要

 第3に、経営のガバナンスのあり方が経営効率に強く影響することも経済的にはよく知られていることだ。すると医療サービスの効率的な提供を図るためにはガバナンスのあり方が重要なポイントになるという結論が得られる。これには「ミクロのガバナンス」と「マクロのガバナンス」がある。

 個々の医療機関をいかに効率的に経営するかというのがミクロのガバナンスである。これが特に問題になるのは公的な医療機関である。公的な助成が期待できる場合には、予算制約をそれほど意識しないという「ソフトバジェット」状態になりやすいからだ。この点を検証するため今回の報告では、都道府県立病院の経営指標についてパネルデータ分析を行った。この分析結果から、例えば病院の経営形態(ガバナンスの形態)が経営効率に影響する(行政が経営するより、人事権、予算執行権を認められた事業管理者が責任者となった方が効率的な経営が行われている)という興味深い結果が得られている。地方自治体では住民の要請もあって公的医療機関の整備を図る必要が出てくるが、その場合でも病院経営のガバナンス設計についての配慮が必要ということである。

 地域ごとの医療サービスの供給体制をいかに整備するかというのがマクロのガバナンスである。日本の地域医療は、市町村を単位とし身近な医療を提供する「1次医療圏」、複数の市町村を単位とし、一通りの医療行為を受けることができる「2次医療圏」、都道府県を単位とし、高度で特殊な医療も提供できる「3次医療圏」という3つの階層で整備が図られている。

 問題はそのガバナンスだ。1次医療圏と3次医療圏は、それぞれ市町村、都道府県が責任を持つのでいいのだが、2次医療圏は複数の自治体が関係するのでガバナンス体制があいまいである。そこで、この報告では医療関係者、保険者、行政機関、住民などを含めた「ヘルス・ケア・ボード」を置くことを提案している。

 最後に、経済的な視点からは医療サービスには「集積の利益」が強く作用するということが重要になってくるのだが、紙数が尽きたのでこの点は次回に述べる。