年齢区分による生産性と若年雇用問題 | (仮)アホを自覚し努力を続ける!

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年齢区分による生産性と若年雇用問題
(総合研究開発機構(NIRA)ジュニアリサーチフェロー 神野真敏)



 人口減少、高齢化が日本経済の懸念材料であると強調されて久しい。その背景である高齢者の増加が、日本の生産性を押し下げ、経済の活力を削ぐことになるのではないか、もし、削ぐとすればどの程度削ぐことになるのだろうか。この問いに答えるには、加齢に伴い生産性がどう変化していくのかについての考察が必要となる。


年齢区分でみた労働生産性

 一般的に、労働者として採用され始めた20歳代の生産性は低く、その後、知識・技能の習得などを通じて生産性は高まり、ある年齢を過ぎると生産性は低下すると考えられている。

 これまでの研究成果でも、製造業を中心とした実証分析によって、労働者の生産性は加齢に伴い逆U字型を描く傾向が検証されている。しかし、退職前の50歳代の労働者の生産性が、就業し始めた20歳代よりも低くなるかどうかは、研究によって相違がみられ、一概にどちらとも言えない。さらに、年齢区分も30歳以下、30-40歳代、50歳以上と、大括りでの年齢区分となっており、年齢別の生産性をみるにはあまり適していないものが多い。

 そこで、今回、年齢区分を5歳刻みで細かく区分した上で1974-2005年のJIP(日本産業生産性)データベースを使って、年齢別の労働生産性の推計を行った。推計の対象とする産業は、全産業、政府・農業部門を除く産業、及び製造業の3つに分類して推計を行った。いずれの産業を対象とした分析結果も、年齢に対して労働生産性は40歳代をピークにほぼ逆U字の関係にあり、かつ高齢者の労働生産性は、40歳代に比べて減耗はあるものの、20歳代の労働生産性よりも高いことが示された(図表1)

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 農業・政府部門を除いた部門に話を限定して、生産性について詳しくみてみる。18-24歳労働者の年齢区分に依拠する生産性を1に基準化すると、30歳代から生産性が高まり、40-44歳の労働者の生産性はおよそ2倍に、50歳代・64歳まででは1.2倍~1.9倍の幅はあるものの、若年労働者に対して有意に高い結果となった。なお、ここでは65歳以上に関しては、有意な結果が得られなかったため、18-24歳の労働者の生産性と同じ1としている。すなわち、50~65歳までは、若年層と比較して体力の衰えはあるものの、それを経験や技能がカバーし得ると考えられる。


実質的な労働供給の将来推計と2つの留保点

 次に、ここで算出された年齢区分ごとの労働生産性の推計結果を基に、社会保障・人口問題研究所の人口推計を用いて、労働生産性を加味した労働供給量の将来推計を行った(図表2)。これによれば、今後10年間は、団塊ジュニアが労働生産性のピークである40歳代を迎えるため、人口減少による労働者の減少を補うだけの余力が今後10年ほどはあることが示された。すなわち、習熟や技能の蓄積による労働者の「質」の上昇によるプラス効果が、労働者の「数」の減少によるマイナス効果を補うことになる。

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 今回の推計は、年齢区分別以外の属性の影響は受けないという仮定の下での推計ではあるが、この推計結果に基づけば、今後10年間は、実質的な労働供給量は増加することが導かれ、労働供給面においてゆとりが生まれることが導かれる。これは、本格的に迎える少子高齢化社会に備えるのに、10年間の準備期間があることを意味する(10年しかないとも読み取れる)。

 この10年あまりの間に何をすべきだろうか。出生率の改善策はもちろん、現状の労働者の生産性を維持・向上させることが重要である。しかしながら、若年雇用に関して、将来の生産性が推計データの傾向と同様な傾向をたどるかどうかについては注意が必要である。

 1つは、近年の日本における若年層の失業率の上昇である。図表3は、日本、アメリカ、EU15カ国における年齢別にみた失業率をまとめたものである。アメリカは、1970年代から最近までの失業率の傾向に関して、年齢構造的な変化はほぼ見られていないものの、若年雇用の状況はあまり良くない。EU15カ国は、1970年代から1990年代にかけて若年者の雇用が急激に悪化している。そして、現在に至るまで若年雇用が好ましくない状態が続いている。他方、日本に関しては、1990年までの若年労働者の失業率は、比較的低位であり安定的であった。しかし、バブル崩壊のあおりを受けて、20歳代の若年雇用は他の年齢と比べて相対的に悪化しており、その程度は、アメリカに近い状況になっていると読み取れる。

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 若年雇用問題に関して、玄田(2003)は、若年労働者と中高年労働者は代替的であり、中高年労働者の雇用を維持するために、若年雇用は抑制される傾向にあることを見出している。

 もう1つの問題は、若年雇用が悪化傾向にあるだけでなく、非正規率が高まっていることである。1990年において、15-24歳区分の男性非正規率は20.4(括弧内は女性20.7)%であったものが、1995年には23.7(28.3)%、2000年の38.6(42.3)%を経て、2009年では41.1(49.0)%と高水準を推移している。『平成20年度能力開発基本調査』によれば、非正規労働者に対してOFF-JTを実施した事業所割合は35.0(前回40.9)%であり、正社員の76.6(前回77.2)%に比べ約半分以下である。このことからも、非正規労働者に対する教育が企業内で充実していないことが示唆される(計画的なOJT、自己啓発支援においても、非正規労働者の値は軒並み低い傾向がある)。

 このように、今後10年間で生産性のピークである40歳代にさしかかる世代は、若年労働期において失業、もしくは、非正規であった割合が高い世代であり、これまでの労働者に比べて、若年労働期から継続された企業内訓練を受けていない世代であるといえる。

 40歳代の生産性が高い理由が、単純に年齢的なものか、新規採用から行われた企業内教育の成果が実る時期が40歳代だったのか、今回の推計では残念ながら因果関係までは導かれていない。しかしながら、若年期に失業状態、あるいは非正規状態を過ごしたために、社会に出てからの人的資本投資が充実していない可能性は高く、これまでと同様の生産性を保てるかどうか、という点には注意が必要である。


労働の流動化が生産性にもたらす影響

 こうした若年雇用に関しての悪化は、企業が、経済状況の悪化にあらゆる手段を用いて対応しようとしてきたことが背景にある。インサイダー労働者である中高年の雇用維持に伴い新規採用の抑制、給与水準の抑制、人員整理、そして労働の非正規化などを行ってきた。松浦(2005)は、終身雇用・年功賃金の変容が雇用や将来所得への不安を招き、労働者の人生基盤が揺らいでいること、特に、終身雇用に替わる安定した雇用制度が社会的に形成されていないことが問題であると指摘している。

 このような経済状況の悪化に伴う雇用制度の変容、それに伴うリスクの拡大に対して、松浦(2005)は政策提言として「公的責任によるセーフティ・ネットの構築」、「正規雇用と非正規雇用の均等待遇の追求」、「労働時間規制」の3つの柱を掲げている。

 また、柳川(2009)では、経済構造、社会構造の変化のスピードが速い現代社会において、その変化に対応できるよう離職と再雇用が断片的にかつ、連続的に行われるように雇用システムを変化させていかなければならない。そのためには、トランポリン型のセーフティ・ネットが備わった雇用システムが望ましいと述べている。この雇用システムが満たすべき条件として、①個人では予期できない理由で企業から離れることになっても、一定の所得と安心が得られる社会であること、②変化に対応した知識や能力を身につける機会が用意されていること、を掲げている。

 これらの条件を満たした雇用システムの構築のためにも、労働者は「終身雇用という幻想」を捨て、離職に対して前向きになるべきであり、そのためにも、「限られた資源や人材を活用して、いかにわが国を成長させていくかという産業政策や成長戦略」の必要性を柳川(2009)は訴えている。さらに、長期的な成長産業を見抜くことは難しいとしながらも、政府が積極的に関与し、雇用創出と産業育成の両方を達成すべきであるとも述べている。

 ただ成長産業を見抜くことは、柳川(2009)で述べられているとおり、簡単なことではない。成長が持続しない場合も多々存在する。そのため、企業は雇用リスクを非正規、あるいは有期期間契約という形で、景気の変動に対するリスクを労働契約期間でヘッジせざるを得ない。問題は、こうした企業によるリスク・ヘッジが将来の競争力の低下につながる可能性があることだ。リスクをヘッジするために雇用した非正規、有期雇用労働者に対して、教育訓練はもちろん、リスクに見合った賃金を支払わなければ、労働者のやる気を削ぎ、自己研鑽の意欲を失わせてしまう可能性があるためである。

 経済理論では、リスクを抱えているものほど、リスク・プレミアムを高くしなければ、公平な選択肢にはなり得ない。リスクを抱えているにもかかわらず、リスク・プレミアムがない非正規・有期雇用形態に対しては、正規で働きたいと思っている労働者は魅力を感じない。その結果として、就業意欲が失せ労働市場から退出する。就業意欲喪失者は、2004年から2009年の5年間の平均値としておよそ163万人にもふくれあがっている(注1)

 雇用リスクを非正規・有期雇用にしわ寄せするのではなく、公平な均等待遇を実現することが、労働者の「数」ではなく、「質」を高めていく道しかとり得ない日本にとっては喫緊の課題であるといえる。


注1)『労働力調査(詳細集計)』より、就業希望の非労働力人口のうち「適当な仕事がありそうにない」ことを非求職理由とする者(求職意欲喪失者)の数を用いて計算。