【朝コラ】IMF本部がワシントンから中国へ? | (仮)アホを自覚し努力を続ける!

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IMF本部がワシントンから中国へ?
(日本経済研究センター 小島 明)

 米国発の今回の世界金融・経済危機は、米国型の経済モデル、つまりしばしば「ワシントン・コンセンサス」と称される市場原理重視、資本や金利の自由化、政府介入の極小化などを基本とするモデルの権威を、米国の自らの失敗によって著しく低下させた。それと関連して、米国が主導してきた第二次大戦後の世界経済秩序が揺らぎ、危機後(ポスト・クライシス)をにらんでグローバル・ガバナンスの再構築が議論されている。そのなかで、台頭著しい新興経済、とりわけ中国の存在感、影響力が増大している。

 日本経済研究センターが4月10日に開催したAsian Economic Policy Review(AEPR)誌の編集会議も中国の台頭と人民元の国際通貨としての役割や、グローバル・ガバナンスのあり方を議論した。その中で伊藤隆敏東京大学教授が「今後、中国が米国を抜いて国内総生産(GDP)世界1位になることは確実であり、それに対応して中国がIMFの最大の出資国となれば、IMFの本部は現在のワシントンから北京か上海に移る」と発言、「すでに世界銀行のチーフ・エコノミストもIMFの特別顧問も中国人ではないか」とユーモアを交えて指摘した。それに対してアジア開発銀行のチーフ・エコノミストであるジョン・ワ・リー氏が「経済的な数字だけではグローバル・ガバナンスは変わらない。政治の要素が重大。IMFも重要な課題については単純過半数では決まらない。米国は拒否権を行使するだろうし、問題は経済だけでなく政治だ」という趣旨の発言をした。もちろん、伊藤氏も議論を活発化させる狙いであえて刺激的な発言をしたものだが、「ポスト・クライシス」の議論は各所で盛んになっている。

 なお、このAEPR誌はアジアの重要課題についての政策指向の英文による専門誌で、日本経済研究センターが2006年から創刊したもの(詳細はこちら)。理論と政策、アジアと欧米、学界と政策担当者をつなぐ橋渡しを狙いとしている。年2回、アジア各国および米国の15人の専門家で構成するマルチの共同編集チームと論文執筆者、コメンテーターが東京に集まり、インターフェースの議論をしながら、雑誌を仕上げているという手間がかかるビジネス・モデルをあえて採用している。インターネット時代にあって、同時にインターフェースがますます重要なるという判断と、編集会議を重ねながら日本をベースにしてグローバルな“知のネットワーク”が拡大してゆくことを期待している。

 中国は今回の世界的な危機のなかで、最大の勝利者だとみることもできる。リーマン・ショックで金融危機が実体経済危機に転換したとき中国はいち早く、4兆元規模の景気刺激策で対応、各国に先駆けて経済回復を実現した。また、危機克服のために創設された20カ国首脳会議(G20)に不可欠なメンバーとして世界的な経済政策調整の中心舞台に登場した。2009年にはドイツを抜いて、世界最大の輸出国となった。外貨準備は世界最大である。ドル準備も世界最大であり、中国は米国株式会社の“筆頭株主”ともいうべき存在となった。

 そうしたなかで、人民元への切り上げ圧力がとりわけ米国から高まっている。4月12日に中国の胡錦濤国家主席がワシントンでオバマ米大統領と会談した際にも、「人民元改革」問題が議論された。今回の胡主席の訪米は核兵器を使ったテロを防止するための「核安全保障サミット」に参加するためである。そんな時に米中のトップ同士が人民元問題を取り上げられたことは、人民元問題が中国の経済的な台頭と影響力の高まりを象徴するテーマとして浮上していることを示す。

 中国はすでに人民元の国際化を目指して動き出している。そのために必要となる資本自由化も長い時間をかけて進める方針であり、具体的な措置を実験的に導入し始めている。例えば、ベトナム、ラオスなど近隣の諸国との国境貿易で人民元の使用を解禁した。香港など、特定地区を選んで人民元による貿易決済を導入した。3月下旬には、日本と中国との貿易で初めて人民元建ての決済も成立している。三菱東京UFJ銀行が扱った中国のインキ最大手DICの中国法人と日本本社との取引がその対象となった。

 人民元の切り上げ問題については、米議会は大幅な切り上げ幅を要求している。ただ、米政府は「切り上げ」問題としてよりも「人民元改革」と「改革」に焦点を合わせているようだ。つまり、目先の一度限りのレート調整よりも、完全な変動相場制に移行するのか、管理変動相場制なのか、随時レート調整してその都度新しいレート水準で固定相場にするのか、変動幅を拡大するのか、いずれの方式でも市場の実勢を反映しやすい為替制度への移行を期待しているようである。

 中国内では、為替制度の選択にあたり、まだコンセンサスはできていない。今回のAEPRの編集会議でも、論文執筆者である北京大学国家発展研究院の黄益平教授は「中国は土地、エネルギー、労働、資本、金利など要素配分における歪みを抱えている。経常収支黒字は近年なぜ拡大したのか。それには、それらの歪みが関わっており、為替レートと経常収支との関係はそれほど強くない」という趣旨の発言をした。また、為替問題は極めて政治的な問題として扱われやすく、胡主席もオバマ大統領との今回の会談で「人民元改革を推進する方向は変えない」としながらも「中国があくまで自主的に決める」との姿勢を強調したと報じられている(日本経済新聞、4月14日付)。外からの圧力が明白であればあるほど、「政治」が適切な為替改革を狂わしかねない。4月初めに米国財務省が同月15日に予定していた為替政策に関する報告(中国を為替操作国と特定するかどうかが焦点)の公表を3カ月延期することを決めたのも、この「政治」への配慮からだった。

 中国は、4月10日、2010年3月の中国の貿易収支が6年振りに赤字になったと発表した。これにより、中国内にある「為替レートと経常収支との関係は弱い」とする議論が勢いづくかもしれない。温家宝中国首相もかねて「元相場は過小評価ではない。圧力は元の制度改革の不利益になる」(3月14日、全国人民代表大会閉幕後の記者会見)と主張してきた。もっとも同月の対米貿易収支は前月同様、100億ドル近い大幅な黒字であり、米国からの「圧力」が弱まる気配はない。

 中国のGDPが過去のトレンド線を延長する格好で直線的に拡大する可能性は少ない。しかし、ある時点で米国のGDPを超す確率は高い。つまり、経済面での歴史的なパワーシフトが進行している。IMFを中心とする戦後の世界経済システムは、ますますこのパワーシフトの現実から離れたものとなりつつある。

  AEPR編集会議に寄稿者として参加したカリフォルニア大学のM・カーラー教授は「経済の規模だけでシステムが決まるわけではない。中国がグローバルなリーダーとなった場合のコストの負担をする覚悟ができているのかを含め、国家の意志(will)がポイントだ」と指摘、結果としてドルを基軸通貨とする通貨体制がまだまだ続くとの判断を示した。確かにグローバルなガバナンスを取り仕切るには自国の経済・社会の透明性を確保することも含め「正当性」も求められる。人民元のアジア地域での国際化の実験が続くなかで人民元の役割がすでに高まりつつあるが、世界は今後とも相当長い期間にわたり、ドルを中心とし、他のいくつかの通貨がそれを補完する「複数通貨」の体制が持続する可能性がある。

 いずれにしても、長い過渡期である。その間、国際通貨制度、さらには世界経済全般は不安定性を内包した状態が続く。その過渡期の
不安定性をどう和らげ、どう対処するか。制度、政策の長い模索の時代である。