ドラマのようなほんとの話。 | 倉沢桃子のブログ

ドラマのようなほんとの話。

あたしの話じゃないんだけど、昨日聞いていてなんともいえない気持ちになった話を書きます。
(私の解釈が多少入ってしまうと思うので、彼の思うところと違う箇所があるかもしれません。)


15歳で親と喧嘩して宮崎の実家から家出をして、右も左もわからない東京で、CD屋さんに試聴機というものがあることを初めて知って、ドキドキしながら聴いてみた曲。
スピッツの「空も飛べるはず」
という曲でした。

”きっと今は自由に
空も飛べるはず“

不安と感動といろいろな感情がごちゃまぜになって、少年は人目もはばからず涙したそうです。


それから数年、22歳になった彼は、とある国に旅行をします。
男の子ですから、いかがわしい店にも観光気分で出入りしたそうです。だけど売春にはどうしても嫌悪感があり、手をだしませんでした。

そんなある日、昔の彼女によく似た女の子をその店で見つけたそうです。
安易で幼稚な考えかもしれませんが、「今日一日だけでも、この子を他の男に触れさせたくない」そう思った彼は生まれて初めて金で女を買います。

食事をして、性行為をして、普通ならばすぐに精算となるところらしいのですが、彼女はいつになってもお金を請求するそぶりを見せず、彼に何かを感じたのでしょうか、そのまま共に眠り、翌朝自分の家で朝食をとっていかないか、と誘います。
戸惑いながらも付いていった家では家族が食卓を囲んでおり、彼を何のためらいもなく迎えてくれます。

お母さんは彼の分の食事を用意してくれ、お父さんは、日本人の彼のために日本語の歌をかけてやろう、とどこからか持ってきたテープをかけてくれたそうです。


そこから流れてきたのが
「空も飛べるはず」でした。

タバコを吸いにでたベランダから見えるのは舗装されていない道路にごみがめちゃくちゃに散乱した風景。


”ゴミできらめく世界が
僕たちを拒んでも
ずっとそばで
笑っていてほしい”



泣いたら嘘くさくなる
というのが彼の信念でしたが、このときはどうにもならなくぐしゃぐしゃに泣いてしまったそうです。



売春は犯罪だけれども、生きるための仕事として当たり前のようにそれが行われている国がある。それは事実であって、命や生活が関わっている以上、否定も肯定もしきれない。
貧富の差で人間に上下関係が生まれてはいけない、だけど体や心を売り物にする商売においては必ずそういう図式が生まれる。
完全にビジネスだと割り切っていてもやはり異常なことだと思う。だけど教育を受けられる環境がなかったりお金がなかったりで、そうするしか生きる方法がない場合が現実にある。

そういう国があること、そこで生きる家族がいること、彼女と彼女の家族に偶然ここで出会ったこと。

そして一見バラバラの出来事に見える、点と点を繋ぐように彼の人生のキーポイントとなる場面で流れる不思議な曲。



今まで自分の中ばかりにいた私ですが、自分の足で世界に出向いて自分の目で見て感じることを体験したいなと強く思った話でした。