ほんと馬鹿だ、俺。
「あっは、カツヲ君、キミは本当に大馬鹿者だねー」
我に返る。彼は俺の目の前にしゃがんでいた。
「キミは勘違いをしているねー」
そういって俺の胸ぐらを掴んで無理やりこの体を立たせた。
「ここはキミの部屋だよ、キミの手で開けるんだ」
俺の部屋、俺が自殺を図って、俺のせいで父さんが死んだ部屋。
そして、ここに妹の由良がいる部屋。
俺の本来の目的、ここに来た理由。それがここに全て詰まっている。
手が震える、まともじゃない。でもここに妹がいる、妹の由良がいるんだ。
俺はこの日、三度目の意を、決した。
「ガチャ」
キーっと音を立てて扉を開けた。まぶしい。まぶしくて、目を開けてられない。でも、それでもなお、俺は、扉の向こうに足を踏み入れる。そこには。
「お兄ちゃん! 」
「由良……え、」
飛び込んでくる妹を抱えてやっと気付く、
「と、父さん」
そこには死んだはずの父親がいた。
「カツヲ、カツヲだな? 」
これは、いったい。
「カツヲ君、キミは勘違いをしているといっただろー? まぁ、そのへんは妹さんに聞くといいさー」
やれやれ、と、だるそうに手を横に振る。
「えっとね、お兄ちゃん。あの日、お兄ちゃんとお父さんは病院で運ばれたんだ。それでね、お父さんはすぐ手術することになったの、お医者さんももう駄目かもしれないって言ったけど、ほんと奇跡的に意識を回復したんだよ。だから、お父さんは死んでなんかいないんだよ、お兄ちゃん、だからお兄ちゃんは何も悪くないんだよ」
妹は半分泣きべそをかきながら、ニコリと笑った。
そうか、あの時、俺は意識をなくしたから気付かなかったのか。
あれ?
「カツヲ、帰ろう」
父さんが俺の腕を掴む。
「お父さん……」
妹が不安な顔をする。
「よし、帰るぞ。家に帰るんだ。母さんが待ってる家に、みんなで帰ろう」
どしどし、と階段を下りる父さん。それに引かれる俺の体。後ろから妹がこまった顔をしている。どうした? 由良。
「カツヲ君の親父さーん。ちがうでしょー」
後ろから彼の声がする。同時に父さんが立ち止まる。ちょうどそこは階段を下りた場所。玄関である。
「なにも、違わない。こいつは、俺と一緒に帰るんだ」
父さんの声は震えていた。
由良は、
「お父さん! だ、駄目だよ、できないんだよ……」
泣いている。
「帰る? あっは、どこへですかー、カツヲ君の家はここですよー」
「だから、」
父さんの言葉を被せた言葉。
「だからって、あなたも死ぬつもりですか?」
ひっ、と、妹が言う。父さんは何も言わない。
「あなたも」
あぁー、そっか。俺、
死んだのか。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
由良、なんで謝るんだよ。
「すまん、すまん、すまん」
父さん、なんで泣いてるんだよ。
ほんと馬鹿だ、俺。
自分が死んだことに気付かないなんて。
学校も、授業も、彼に相談したときも、母さんのそばにいたときも、
そうか。ここの家は俺の記憶でできていたんだ。
でもどうして、ここに妹と父さんがいたんだ。
「今日で四十九日目でしょー? 逢いたかったんじゃないの、カツヲ君にさー」
涙を拭いながら妹が頷く。
「それでー、帰ってこない由良ちゃんを心配して、親父さんもここに来たわけだー」
父さんがゆっくりと頷く。
「じゃあ、由良がここに閉じ込められてたのは俺のせいなのか」
なんてこった。とんだピエロじゃないか。元凶は俺なのに、俺自身なのに、それを助けようなどと。どんだけ馬鹿なんだ、俺は。
「お兄ちゃん……」
「由良、ごめんな。俺、とんでもないことしていた。お前が恋しくて、たまらなくて、ずっとここに閉じ込めていた、最低な兄貴だよ、俺」
それは違うと妹は言った。
「お兄ちゃんのせいじゃないよ! 私が逢いたいと思ってきたんだもん。お母さんと喧嘩して……寂しくて、この家に行けばお兄ちゃんに逢える思った。そして……本当に逢えたもん!」
そうか、あのときの居間で見た光景は俺の幻想だけではなかったのか。
そこにいた、由良と父さんは、本当にそこにいたのか。
「カツヲ君、どうしたい? かな」
彼が問う。口から出したチュッパチャプスを俺に向けながら。
あぁ、なんだ。この言葉は俺自身に対して、だったのか。
「生きたいって言ったら怒るんだろ?」
「あっは、怒りはしないよー、でも、うん。まぁね、もう一度いうけど、心中ってのは本人が同意した上での死だからね。誰にも文句はいえないかなー」
まったく、ようやく心中立の話を俺にした意味がわかったよ。
「あんたさ、ときどき俺にヒントみたいのだしてくれただろ? 自分が死んでることを気付かせようとさ、しかも悪魔で自然にっていう。いやー俺、馬鹿で鈍いからさ、結局、最後の最後まで気付かなくてさ、ほんとさ、ほんと、なんかさ……ほんどぉ……」
涙が、
「ほんどに、ありがどうございまじだぁ!」
止まらない。
この人は最初から気付いてた。それでも俺の話を全部聞いて、相談に乗ってくれた。
原因が俺なのに。なにもかもが無駄だというのに。最初から、わかっていたことなのに。
死人に口は、ないはずなのに。聞いてくれた。先輩。