「退院したんだ~、ま、がんばってね・・・。」
皆、同じだ。一瞬躊躇してから、作り笑顔でそんなようなことを言って、足早に立ち去る。
4ヶ月ぶりに会社に行った。皆、珍しいものを見るような目で私を見る。
こんな会社、戻ってこなければ良かった。会社に来てもあの人はいない。
彼は死んだ。
あの事故で彼は死んだ。彼だけ死んだ。私だけ生き残った。
3ヶ月の入院と1ヶ月の自宅療養とリハビリから解放されたけれど、私は特に嬉しさも楽しみもない。

「不倫してさ、事故ってバレて、自分だけ生き残るなんて最悪じゃん」
給湯室からサツキの声がする。
丸聞こえだ。無神経な女。調子ばっかりいい八方美人だ。美人でもないのに。
見舞いに来て心配した顔したって、所詮女の友情なんてこんなもんなんだ。
でも、噂をしているのはサツキだけじゃない。会社中の注目だ。

私は須賀さんの車に乗っていて事故に遭った。
私の家の近所に見通しの悪いところがあって、ふらっと老人が横断してきた。それを避けようと急ハンドルを切って塀に突っ込んだ、と新聞に載った。


私が会社に復帰した4日後に、須賀さんの奥さんが会社に来た。
明らかに様子がおかしい。静かに話していたかと思ったら、急に叫んだり笑ったりした。
そして、私の胸ぐらを掴み殴りかかってきたところで、奥さんの兄が迎えに来た。
奥さんは私と話してから、おかしくなったという。

そう、須賀さんの奥さんは、一度だけ入院中の私に会いに来た。彼の最期を聞きたいという。
泥棒ネコとかってドラマで言っているけど、そんなことは実際にはないんだななんて、冷静に思ってしまう私がいた。

私は須賀さんとの関係を全て話した。
会社帰りに食事してホテルに行ったことや、出張先について行ったことも、出張と偽り旅行したことも話した。2人で部屋を借りようとしていたことも、全て話した。

「死ぬ間際に主人は何か言った?」
暫く黙って私の話を聞いていた奥さんが口を開いた。
「一緒になれなくてごめんな、って言いました。それが最期の言葉。」
それまで落ち着いていた奥さんが激しく泣き崩れた。



後編に続きます