熊本城おもてなし武将隊〜虎視眈々〜

熊本城おもてなし武将隊公式ブログ

◎熊本城おもてなし武将隊 日々のスケジュール◎

  8:30~ 開門口上(頬当御門)   
 11:30~ 城彩苑      
 14:30~ 天守閣前     
                         
※それ以外の時間帯は城域にて御客人のおもてなし 
NEW !
テーマ:

皆の衆、皆の期待は裏切らない男…島津義弘である。


本日は午前の城彩苑演舞を座談会へと変更し、「裏切り」について話した。


裏切り…それは戦国の世には常に付きまとうもの。


本能寺の変にて主君の信長様を討った明智光秀殿に代表されるように、「家臣が主君を討つ」ということも珍しいことではなかった。



武士の心得として「無能な主君を討ち、国の政治を正すことは謀反ではない」という考えもあり、そこから“下克上”と呼ばれる「身分の下の者が上の者を倒す」流れがおこり、戦国時代へと繋がったわけじゃ。



裏切りといえば…やはりわしも参戦した「関ヶ原の戦い」も有名であろう。


“西軍が圧倒的に有利”とされておったこの戦。

しかしその形勢が一気に逆転することとなったのは、小早川秀秋殿の裏切りがきっかけじゃった…。


この裏切りによってさらなる裏切りが重なり、西軍はあっという間に崩壊、敗走することとなった…。

彼がそのまま西軍として戦っておれば、西軍の勝利は間違いなかったであろう。


つまり、わしが『島津の退き口』と呼ばれる壮絶な撤退戦をやることになったのも、この裏切りが原因とも言える。


大義なき裏切りは武士の風上にもおけぬ愚かな行為…。

故に、裏切りによって戦場を生き抜いたり、力を手にした者には“天罰”が待っておる。
小早川秀秋殿も戦後に大幅な加増を受けたものの、戦からわずか二年後に突然病死してしまった…。



やはり裏切りはあってはならぬもの。天は全てを見ておるのじゃ。



正々堂々、正直に生きる。

義の将、島津義弘は明日も真っ直ぐに生きて行く!!



では本日はこれにて。
皆の衆、明日もよき一日に。



島津義弘

いいね!した人  |  コメント(5)
同じテーマ 「島津義弘」 の記事