第七十四話「罰(その7)」




健吾に相当な力で腕を掴まれ、私はあまりの痛さに声をあげそうになった。

しかし、健吾の勢いに呑まれてしまい、恐怖が先に立って声にならない。

部屋のドアが勢い良く開けられた途端、私の身体は宙に浮いて、あっと言う間に床に叩きつけられた。


「…やめて…」


うつ伏せで倒れ込んだ私に、健吾は直ぐ様、馬乗りになり、私の体を動けないようにする。

髪の毛を鷲掴みにされて、思いっ切り引き上げられると、私の片目の端に健吾の顔が映り込んだ。


「菜々ちゃん、俺ね…ずっと父さんと一緒にいただろ?父さんの口癖はさ、一番になれ!誰にも負けないように一番になれって…だからさ、何でもが一番じゃないと気が済まないんだ」


私の目に映り込んだ健吾は口元だけを緩めて笑った。

しかし、私をみている健吾の目は、まったく笑っていなかった。

私に何かを訴えかけている目をしていた。


「健吾さん…痛いわ。お願いだから…離して…」


健吾が私に言葉を発するたびに、髪の毛を鷲掴みにした手に力が入り、引っ張られた頭皮がジンジンと痛みを増し、熱を持ったようだった。


「どうして俺は…菜々ちゃんの一番じゃないのかな…」


「え?」


「俺は…正臣くんより劣ってる?」


私が口にした懇願は、健吾の耳には入っていないようで、健吾の手から力が抜けることはなかった。


「何言ってるの…正臣は…弟よ…」


私は健吾に与えられる痛みに耐えながら、やっとの思いでその言葉を発した。

その言葉を聞いた途端、健吾の手から一気に力が抜け、私の身体はまた、床へと打ち付けられた。

すると健吾は、直ぐ様、私を仰向けにし、ブラウスの胸元を物凄い勢いで掴んだのだった。


「そうだよ。正臣くんは、菜々ちゃんの弟だろう?それなのに…俺より正臣くんの方が勝ってるなんてさ」


健吾はそう言いながら、胸元をグイグイと締め付けてくる。

ようやく解放されたと思ったのはほんの束の間で、私は更に健吾から甚振(いたぶ)られることになってしまった。


「どうして…俺じゃないの?どうして…」


健吾は自分の感情をコントロール出来ないまま、思いの丈を私にぶつけてくる。

苦しくなった私は、掴んできた健吾の手を必死で振りほどこうとしたが、もう既に私の身体には力が入らず、私はぼんやりとしていく意識の中で、「やめて」と声にならない言葉を健吾に投げ掛けた。

しかし、その声は誰にも届く筈もなく、私は息が出来ないまま、ゆっくりと目を閉じた…


「おい!何してるんだ!」


その時だった…

母が眠りから覚めたことを知らせようと、私の部屋を訪れた拓人(ひろと)が、馬乗りになった健吾の姿を見て大きな声をあげた。

その声に驚いた健吾の手が、私の胸元から離れ、私の口から大量の空気が流れ込む。

一気に流れ込んできた空気にむせ込んだ私は、途切れそうになった意識を繋ぐことが出来た。


「君は菜々子ちゃんを殺すつもりか?」


むせ込みながら目を開けると、馬乗りになった健吾を突き飛ばした拓人が、逆に、健吾に馬乗りになって制服の襟元に掴みかかっていた。


「…君は…仮にも、菜々子ちゃんの婚約者だろう?お父さんがこんな時に…どうしてこんなことが出来るの!」


拓人の言葉に健吾は何も答えず、唇を噛み締めて俯いた。


「菜々子ちゃん、お母さん…目が覚めたから。お母さんのところに行ってあげて」


拓人は冷静な声でそう言うと、私をこの部屋から出るように促したのだった――





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第七十三話 「罰(その6)」







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