第五十四話「許されざる姉弟愛(その4)」
次の週の日曜日…
私と正臣は改めて健吾から、快気祝いの招待を受けた。
こんな風に改まって健吾の家に行くのは、もう消えかかろうとする幼い頃以来だ。
正臣に至っては、初めて訪れる健吾の家だった。
「わぁ…立派なお屋敷だね」
叔父の正嗣がよこした車から降りた正臣の第一声が、溜め息とともに零れた。
鷹司家に比べ、大きな屋敷ではないが、外国に行き来の多かった正嗣だけに、拘(こだわ)って建てたのがよく分かった。
重厚な玄関のドアを開けると、見たこともないような大きな絵が出迎えてくれる。
眩(まばゆ)いのはシャンデリアだけでなく、床一面に張り巡らされた大理石もその輝きを手伝っているかのようだった。
「いらっしゃい。待ってたよ」
そう言って奥の部屋の扉から、颯爽(さっそう)と現れたのは健吾だった。
鷹司家を訪れる時の服装とは違って、軽装の健吾を見ていると、お招きと思い正装をしてきた私と正臣は、何だかその場に浮いているように感じられる。
「…今日は…お招き…に預かりまして…」
お陰で、口を吐いて出る言葉も滑らかに出て来ず、私は思わず苦笑してしまう。
「菜々ちゃん、そんなにかしこまらないでよ。菜々ちゃんとこみたいに、ここには使用人もそんなにいる訳じゃないし。もっとラクにして貰っていいんだって」
苦笑する私を気遣うようにそう言うと、健吾は豪快に笑って見せた。
私も正臣も健吾の豪快さにつられて笑みを零すと、さっきまでの緊張が嘘のように解けていった…
「健吾さん、叔父様は…?」
健吾の部屋に案内される途中で、私の微かな記憶がふと、甦った。
それは、幼い頃に健吾と遊んでいた記憶で、珍しいものがたくさん置かれている正嗣の部屋の中の記憶だった。
叔父に内緒で部屋に入り込んでは、健吾がよく叱られていたっけ…
その部屋の前を通り過ぎた時、私は甦る記憶とともに先を行く健吾の背中に問い掛けた。
「あぁ、父さんね…菜々ちゃん達が来るのを楽しみにしていたんだけど、急に仕事が入ってしまって…」
「…そう…」
「申し訳ないって伝えておいてくれって…こっちから誘っておいて、本当に失礼な話なんだけど…」
「ううん、残念だけど…お仕事なら仕方ないわ。母にこれを預かってきたものだから」
健吾の部屋に通された私は、風呂敷に包まれた重箱を差し出した。
母特製の煮物は、叔父の正嗣が大好物で、前日から張り切って準備していたようだ。
「これ、伯母さんお得意の…」
「煮物ですって。夕飯にどうぞって、母が…」
「菜々ちゃんのお母さんの煮物は、本当に美味しいんだよね。伯母さんにくれぐれもお礼を言っておいて」
健吾はそう言うと、とびきりの笑顔を見せて、侍女に重箱を渡した。
お茶の準備を終えた侍女はそれを受け取ると、丁寧にお辞儀をし部屋を後にした。
「あ、そうそう…正臣くんに見せたいものがあるんだ」
せっかく用意してくれたお茶にも手もつけないまま、健吾は正臣に手招きすると、奥にある部屋へと正臣を促した。
部屋に入った途端、正臣の「わぁ~!」という感嘆の声があがった。
「凄い、凄い!!ちょっと、姉さん!僕が探してた本が、たくさんあるよ!」
私が正臣の為に図書館で探していて、探しきれなかった本が、健吾の部屋の本棚にズラリと並んでいた。
「正臣くん、好きなだけ読んでいくといいよ。時間はたっぷりあるんだし」
「はい!ありがとうございます!」
自分の求めていた本を目の前にした正臣は、興奮した声で健吾にお礼を言った。
正臣はもう既に、お茶を飲むことも忘れて、健吾の部屋の本棚から何冊もの本を手にし始めた。
「…菜々ちゃんにも、見せたいものがあるんだけど…」
そう言った健吾は、正臣に手招きした時と同じ笑顔だった。
だから、私は何の迷いもなく、健吾の後をついて行ったのだった――
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第五十三話 「許されざる姉弟愛(その3)」
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