第三十一話「想い」




従兄妹の健吾と婚約してから、3年という月日が経った…

私は高等学校に、正臣は中等部へと進級し、鷹司家の名声に恥じないように、勉学にも力を注いできた。

特に正臣は、あの日を境に鷹司家の長男ということを意識したようで、憧れの父の背中を追いかけるのに必死な日々を送っていた。

その正臣の並々ならぬ努力の甲斐もあってか、徐々にではあるが、周囲にもそれが伝わっていて、やはり鷹司家の後継ぎは正臣だという声が密かに広まりつつあった。

しかし、大々的に私と健吾との婚約を発表したことで、表面的にはまだ、健吾が後継ぎになるであろうという見解が根強く、父のモヤモヤを一層、掻き立てていたのだった。


「あと、1年かぁ~」


「え?何があと1年なの?」


高等学校へ通う私と健吾は、よほどの用事がない限り、通学の行き来を共にした。

正臣と共に通学することが当たり前だった私は、この1年でようやく健吾と共に通学することに慣れたところで、時々、正臣との時間が懐かしくなる。

健吾の外国での話は、とても興味深く楽しいものだったが、正臣との他愛もない会話や、会話がなくとも穏やかでいられる空間が恋しくなる瞬間があった。


「菜々ちゃんと俺の結婚…忘れてないよね?」


肩を並べて歩いていた健吾が、一瞬先回りし、私の顔を不意に覗き込んだ。

この3年で、健吾はまた身長が伸びたようで、ふと見せる仕草に大人の男性を感じさせることもあった。


「やだ…忘れてなんかな…い」


私が返事を言い終わらないうちに、健吾の覗き込んだ目が近づいてきて、私の唇を塞いだ。

目も閉じれないまま呆然とする私に、健吾は悪戯(いたずら)をした後の子供のような顔で微笑むと、私から離れていった。


「…いつも新鮮だね、菜々ちゃんとのキスは」


「え?だって…健吾さん、いつも突然で…」


「こうでもしなきゃ、菜々ちゃんは俺に隙をくれないでしょ?」


健吾の言葉に私は何も言えなくなった。

健吾の言うことは確かに間違っていなかった…

私は、健吾との時間を楽しいと感じながらも、どこかで健吾自身を警戒していた。

結婚の時が近づけば近づくほど、余計にそれは強いものとなっていったのだった。


「真面目なところが菜々ちゃんのいいところだけど、真面目すぎるのもね…もう、俺たちは結婚することが決まってるんだからさ」


「…そうだけど…」


「…ま、いいよ。いずれ君は俺のものになるんだから…」


「え?」


「だって、そうでしょ?菜々ちゃんと俺は結婚するんだから」


そう言うと、健吾はいつもの顔でいつものように優しい微笑みを浮かべる。

いつもの優しい健吾の笑顔に、私も微笑みを返したつもりだったが、さっきの健吾の言葉に私の背中がブルっと震えた。

一瞬、今までとは違う健吾を見たような気がして、私の胸のざわめきがいつまでも消えないままだった――





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