義母は私と貴一郎に言いたかったことを告げると、満足気な顔をしていた。

テーブルの上に並べられたコップに、義母はビールを注ぎ始めた。

ご丁寧に泡までしっかり作って、貴一郎と私の前に配られた。


「手遅れにならなくて良かったわ。勇気出して言ってみるものね~」


確かに不妊治療のことなど、踏み込んだ話を義母にされたのは初めてだった。

私が子宮内膜症だということを知っていることにも驚かされたが、貴一郎が義母に告げていたのなら納得がいく。

やはり、貴一郎でもそれ以上のことは義母には伝えられなかったんだと、私は込み上げる笑いを必死で口の中で押し殺した。

ビールを振る舞って、自分の伝えたいことを伝えて、この話が解決できたと思っている義母の姿が、何だか滑稽(こっけい)に見えた。

そして、義母に勧められるがままにビールに口をつける貴一郎までもが、滑稽に見えて仕方なかった。


「もう!茜さんもいつまでそんな顔をしてるの。こういうことは家族で腹を割って話さなくちゃ…もう一人で抱え込む必要なんてないのよ」


そう言って私にビールの入ったコップが差し出された時、とうとう私の口から噛み殺した筈の笑いが漏れ、義母と貴一郎を驚かせたのだった。


「申し訳ありません。…お二人があまりにも滑稽に見えて…」


その言葉にすぐに反応したのは貴一郎だった。

慌てた貴一郎はテーブルから立ち上がると、向かい側に座っている私の所へ素早く駆け寄ると、腕を掴んで立ち上がらせようとした。


「ちょっと、いったい何なの?今の茜さんの言い方…聞き捨てならないわ」


私の言葉に義母は不快感を露(あら)わにしながら、貴一郎の突然の行動にも不審そうな顔をした。

義母の強い口調にも動じない貴一郎は、この場から私を離れさせようとしているのだろう。

しかし、私は貴一郎の掴んだ手を振りほどき、この場に居座ろうとした。

不快感を露わにした義母を目の前にしても、今の私にもう恐れるものなどないような気がした。


「茜!」


貴一郎の強い声が私の耳元に響いた。

この声はきっと、貴一郎が守ろうとするものへの声だったに違いない。

義母のことも、自分のことも、大野家の未来のことも…そして、傷ついた私のことも…


「…もういいんじゃない。お義母さんが家族は腹を割って話すものだと言ってくださったんだから。これ以上、黙っていても何にも解決なんてしないでしょ?…また、貴一郎はお義母さんにその場限りの嘘を重ねていくでしょ?」


私の言葉に、あんなに強い口調で私の名前を呼んだ貴一郎は黙りこくった。

強く握りしめた私の腕から貴一郎の手が離れていった…


「茜さんが言ってること、さっぱり分からないんだけど…貴一郎のその場限りの嘘って何なの?」


不快感を露にしていた義母は、私の言葉で今度は戸惑いを隠せないようだった。


「お義母さん…私、一度、妊娠したことがあるんです」


私は短く深呼吸した後、義母に向かってそう言葉を発した。

私は良くも悪くも、ここからの一歩を踏み出すべく、真実を話そうとしていた――




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#134:一歩10





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