隣接する二基の古墳、二枚のナン | エキセントリックギャラクシーハードボイルドロマンス         

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〜文学、お笑い、オートバイを愛する気高く孤独な三十路独身男の魂の軌跡〜 by久留米の爪切り

入道雲がもくもく伸びている。青い空が近く、アスファルトに照り付ける強い陽射しが反射して眩しい。夏の到来を感じさせる暑い日の午前、西鉄大善寺駅から徒歩で県道23号線、通称やなけん、を北上する俺の眼が捉えたのは「御塚・権現塚古墳 」だった。


一面に緑が広がり整備された公園には、二重、三重に張り巡らされた濠が取り囲む二基の古墳が存在している。帆立貝式前方後円墳「御塚古墳」と円墳「権現塚古墳」である。丘陵上になった古墳に鬱蒼と茂る雑木林、その上空を鳥たちが囀りながら飛び交っている。


「スズメバチ注意」と書かれた看板の横から俺は散策を開始する。気分は川口浩探検隊だ。水を湛えた周濠に沿って、一応歩けるようにはなっているものの、草刈り、整備はされていない様だ。一部雑草が顔の高さまで猛々しく伸びて密生しており、俺は、うわっうわっあっあっ、と顔にぺちぺち張り付く草に小さな呻き、喘ぎ声を漏らしつつ、長袖で手を覆い掌を切らないように細心の注意を払いながら、なおも勇敢に歩を進めていった。泥水、汚水じみた茶色い水が溜まった濠の向こうに、まん丸い島の形をした古墳が見える。午前中でも木陰で覆われて薄暗く、なんとも不気味だ。あの中で葬られるのはそんなに気分が良いとは考え難かった。橋が架けられているわけはなく、渡れないけれど、中は盗掘されているらしい。ぐるっと一周を終えた俺は、なんだ一冊のエロ本も落ちていないじゃないか、と沈んだ気持ちになった。


そうこうしている内に、有名ブランド「Seria 」で購入した渋い柿色、銀色に輝く裏蓋に非防水、NON WATER PROOFと刻印された自慢のリストウォッチ「TIME SPARK」のデジタル数字は間もなく11時に近づこうとしている事を教えてくれる。


さあ開店時間が迫っている。このまま、やなけんを北上しよう。



久留米市大善寺町宮本342-81「ナン&カレーレストラン サクラ」さんへ丁度開店時間11時ぴったりに俺は無事に辿り着く。ちなみに最寄駅は西鉄大善寺駅では無く、安武駅なので注意してほしい。両駅間はおよそ1.4km離れている。暑い夏に熱いカレーを食らう腹積もりである。こちら三周年を迎えたらしい。元はセブンイレブンだった店内は横長でトイレの位置などに名残があるが、床は木のフローリングが敷かれ、壁にネパール、インドの国旗、インド語らしいポップソングが流れており、本場の国からやってきた店員さんの些か頼りないたどたどしい日本語で見事に異国情緒を演出することに成功している。



俺は「本日の日替カレー」780円に注文を決定する。日替カレーにナン、スープ、サラダ、ドリンクが付いたセットで、焼き立てナンがおかわり自由である。日替カレーの内容を尋ねると、非常に流暢な英語風の発音で店員氏が答える。当然、俺は一回では聴き取れない。数回パードン的に、え、なんて、を繰り返すと、漸く、じゃがいもとマッシュルームと鶏肉のカレーであることが判明する。



辛さは9段階から選択出来る。大辛7にする。5、6辺りが本場インドのふつうの辛さであるらしい。



まずはサラダとスープが提供される。1分で平らげる。特に感想は無い。つまりごく普通にうまいのだ。



アイスコーヒーも来る。レジスターの横でペットボトルから直接注いでいるのを俺は目にする。ラベルがマックスバリュで売っている激安アイスコーヒーだった気がしたが、単なる思い過ごしだろうか。ストローに淡いブルーの色がついており、なんとも爽やかだ。

満を持してカレーがナンと一緒に登場する。トマトベースなのだろう。赤い見た目だ。さらさらしたスープ状で酸味が効いている。舌に刺さる刺激はあるが、そこまで辛いとは感じない。じゃがいも、マッシュルーム、鶏肉は底に沈んでいて姿は見えない。最後のお楽しみだ。



ナンが大きい。籠から大きくはみ出している。手で持つと、熱い熱い。火傷しそうだ。中のしっとり部分と表面のパリパリ部分の食感の違いに、食べる喜びがある。仄かな甘味もあり、おいしい。一枚目は早口に終わらせてカレーが冷めないうちに二枚目を誂える。



そして、二枚目のナンを頬張る。そこで、唐突に俺は気付く。丸く膨らんだナン、そこから細く伸びたナン。


(…まるで前方後円墳のようだ。俺が食った二枚のナンは御塚・権現塚古墳の化身なのではあるまいか)


男として生まれたからには、矢張りビッグな豪傑になって古墳に埋葬されるくらいになりたい。しかし、あの薄暗い古墳は嫌だ。気が滅入る。出来たら、このナンの丸く膨らんだ部分の中で永久の眠りにつきたいものだ。芳しい香りに包まれてきっと安らかに往生出来るだろう。


俺はその丸い部分に手を触れる。そこは非常にパリパリで敢え無く形は崩れ、細かい破片が無残にテーブル上に飛び散った。俺の野望は儚く壊れたのだろうか。それから、散り散りになったナンの欠片を俺は一所懸命に寄せ集め始めたのだった…。


ナン&カレーレストラン サクラインドカレー / 安武駅
昼総合点★★★★ 4.0