男の過激 | エキセントリックギャラクシーハードボイルドロマンス         

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〜文学、お笑い、オートバイを愛する気高く孤独な三十路独身男の魂の軌跡〜 by久留米の爪切り

まばゆい光に男は目を細めて歩いていた。


強い陽射しが斜めに照りつける、5月の初旬のある一日だった。男は国道500号線に沿って東に向かって進んでいる。世間はGWと浮かれている様子だが、上下スーツに身を纏い、如何にも暑そうだ。大きなボストンバッグを袈裟懸けにし、顔面の下半分には薄らと髭が伸びている。まだ正午前、男は夜勤労働者であり、勤務が明けたばかりらしい。


ある地点(ポイント)まで来ると、男は突然立ちどまる。道の反対側を食い入るように熱心に見つめている。クルマが緩やかに詰まっている。隙間を縫って、中年女性がさっさと横断していく。アウト・ロー。男は、そうした行動をとる積りは無い。数十メートル先まで歩き白い縞模様が引かれた、所謂、横断歩道まで行き、注意深く左右を確認すると、片手を天空に向かって、さっと突き上げ、悠然と国道を渡った。まるで小学生の登下校スタイルだ。どうやら苛烈な規範意識に裏打ちされた、コンプライアンス遵守至上主義者であるらしい。それは或る意味、過激な主義だった。

男は暖簾をくぐった。


福岡県小郡市小郡280-1「とん亭」さんである。鮮やかなイエローの軒先テントに、赤文字で屋号が記されている。配達用の軽自動車が停まっている。庶民的な安心感を与える素晴らしい外観であろう。



古めかしい模様の床のタイルは、カウンター席の近くだけ黒ずみ、剥がれかけている。年季が入った店内の様子だが、きちんと清掃が行き届いている。麦茶を注ぐグラスも綺麗だ。


「スーツ暑いやろ」


ええ、と男は頷き、セルフスタイルの麦茶を飲む。後期高齢者(違ったらこの場で謝罪する)に見える婦人店員氏はフレンドリーである。


「サービスかつ定食」610円を注文した。それが一番安かったからである。男は金を遣うのを惜しがる体質に出来上がっているのだ。



定食は一つの盆にて、配膳された。サービスと雖も、結構な、十分な量である。ごはん、みそ汁、かつ約100グラム、千切りキャベツにスパゲティ、沢庵と、これ以上何を望めばいいのかわからない、完全な定食だった。まずは、みそ汁で舌を湿らせる。かつを食べる。ケチャップとソースを混ぜたらしいソースは、万人受けしそうな優しい味付けだ。後ろの家族連れが芥子とマヨネーズを誂えている。店員氏が気安い感じで快く応じている。男は出されたものを黙って食べるだけだ。それが男の流儀だ。何とも衣がサクサクしている。油加減が絶妙だ。きっとこれなら胃もたれは無縁だろう。肉が柔らかい。口内ですぐに消える。



名残惜しく、米粒を最後の一粒まで箸で擦り取った男は席を立つ。その頃には、一番乗りだった店に客が大分埋まって来ていた。


とん亭とんかつ / 西鉄小郡駅小郡駅大板井駅
昼総合点★★★★ 4.1