降り続く雨、破綻する予感、鉄鍋ぎょうざを食べる | エキセントリックギャラクシーハードボイルドロマンス         

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〜文学、お笑い、オートバイを愛する気高く孤独な三十路独身男の魂の軌跡〜 by久留米の爪切り

薄いブルーのシャツを羽織り、部屋から出た。アパートメントハウスの灰色コンクリート廊下は湿り気を帯びて、うっすら変色している。

広げたグリーンの傘は、木材を模したプラスチックの取っ手がアールを描く場所、つまり一番持ち易いと考えられる所、を覆うビニールが中途半端に破れており、男は半ば捲れ上がってしまった野暮ったいそれを、全部剥がそうか、剥がすまいか、どっちつかずで指先で弄びつつ、足早に歩いていた。

細かな雨粒がポツポツと一定の間隔でグリーンの傘を控え目に叩く。アスファルトに出来た無数の水溜まりが普段意識しない道路の凹凸を浮かび上がらせている。昼過ぎに目を覚ました男は、この雨が一体何時から降っているのか知らなかった。昨夜、布団に潜り込んだ時は確かに、まだ雨は降っていなかったのだ。

10時間睡眠。男は睡眠欲を満喫するのに十分な境遇で生活している。まあ、近い将来、そんなぬるい生活は破綻してしまう気配が濃厚なのは、男は既に気付いているようではあった…。
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ランチタイムは14時までだ。武将が描かれた暖簾をくぐったのは13時43分、男はランチに間に合った。
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男が辿り着いたのは、久留米市内日ノ出町78「居食屋 きざん亭」さんだった。

「鉄鍋ぎょうざ定食650円(税込702円)」

それが、男が注文したお昼のサービスランチメニューである。
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ここで、一つのミステリーが生じている。

何故、男は鉄鍋ぎょうざ定食を選んだのだろう?他にもランチメニューは色々存在するのだ。カツとじ定食でもトンカツ定食でもいいじゃないか。ホルモン定食だって魅力的だ。なにも絶対に鉄鍋ぎょうざ定食を注文しなくてはならない理由は見当たらない。そんな法律も条例も無いし罰則規定も無いのだ。

その答えは、「巡礼冊子」51ページに書いてある。読み上げる。

パリパリの羽根付きで、ふんわりと香ばしい「鉄鍋ぎょうざ」は、ジューシーでアツアツ!ニンニク・肉・エビ・キムチの4種をご用意。

もう、おわかりだろう。男はこれを読んだのだ。胸踊る文面に激しく心が揺さぶられたことだろう。さぞ興奮したことだろう。そして、男は決断したのだ。

「鉄鍋ぎょうざ」を食べる、と。これで、ミステリーは解決された。良かった。

以下に男が実際に食べた感想を記す。

重厚そうな黒く丸い鉄鍋に、渦巻き状に計10個並べられた餃子は、パチパチと熱々な音を立てながら提供された。一個一個は小振りで皮が厚く隅には焦げが付着している。皮の厚みに比して、中身の餡が小さくて、少し物足りない。熱い油を食べた感じだろうか。まあ、至って普通の餃子であった。小鉢の茄子は香りよく、野菜の旨味を堪能した。味噌汁はくらげのように麩が大量に浮かび、見た目も食感も楽しませて頂いた。

小上がり席に畳が敷かれ、テーブルの鉄板上部に伸びる排煙装置、黒光りする木の質感、なんとも和モダンな内装である。店員さんの愛想が良く、ゆったりと落ち着く雰囲気だ。
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来店時に本冊子提示でソフトドリンク1杯サービス、「巡礼冊子」51ページには、そうも書かれている。

男は食後にコーヒーを飲んだ。砂糖とミルクを入れ、ゆっくり掻き混ぜてから。

702円を支払い終えた男は、南へ歩く。その先には何があるのだろう。薄いブルーのシャツが雨に打たれ、飛沫状に染みを作る。シャツの裾、一際目立つ大きな染みは、しかし雨のせいではない。先程、餃子のタレを秘かにこぼした時に出来たものだ。強い風が吹き、広げたグリーンの傘は裏返りそうになる。



きざん亭 本店ちゃんこ鍋 / 久留米駅

昼総合点★★★☆☆ 3.5