女は箒に跨って飛ぶ、男はそれを下から見上げる、何が見える? | エキセントリックギャラクシーハードボイルドロマンス         

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〜文学、お笑い、オートバイを愛する気高く孤独な三十路独身男の魂の軌跡〜 by久留米の爪切り



丸く黒い鉄製の皿に、「たばさ」は乗っていた。下に添えられたヘラを手に取り、垂直に立て、青海苔とカツオ節がかかった表面を覆っている卵に、縦、横、斜めと断裂のラインを引いて、食べ易いサイズ、おおよそ八分割になるように切り分けた。モチがべっとりヘラに張り付いて重たく難儀だった。箸で頂く。トッピングされた麺がまず最初に目に入る。ちゅるちゅるした細い麺で、ごく普通にソース味だ。俺は何故か、場末のカラオケスナックでママが作ったものの誰も箸をつけず、そのまま夜中まで売れ残ってしまった、あの日の焼きそばを思い浮かべた。あれは水分が飛んでぱっさぱさで冷えていて西日が射す放課後の教室のような味がした。あれは悲しい味だったが、今回は鉄皿に乗っており熱いので大丈夫だ。キャベツ1.5倍らしいが、そんなに多くは感じない。デフォルトの状態ではソースが薄いことに気付き、卓上の赤と黄色、二色の容器に入ったソースをそれぞれ絞り出す。赤はお好みソースで、黄色はマスタードだった。黄色はマヨネーズを連想していたので、マスタードとは少々意外だったが、マヨネーズが欲しいなら店員に直接伝えるように注意書きがしたためられている。正直マヨネーズは欲しかったが、既にマスタードを多めにかけてしまい、且つ声を出すのも億劫であり、黙って一人むしゃむしゃ食べ続けた。個人的な見解ではお好み焼きにマスタードは合ってない気がした。慣れれば美味いのかもしれないが、俺は慣れていなかった。お好みソースは、くどさが無い、後味さっぱりしたものだった。もち、の質感が一番強かった。咀嚼する行為を存分に楽しめるし、正月気分がほんのりプレイバック、腹に貯まる。



俺が注文したのは「たばさ 990円」、キャベツ1.5倍・もち・チーズ・めんなし、巡礼メニューを注文の方に、麺トッピングをサービス、である。


一番安いお好み焼きに巡礼特典の麺をトッピングしたかったが、あくまで「たばさ」を注文した場合に限る、ということらしかった。ケチりやがって、とケチな俺が思った。



「お好み焼きに美味しい魔法を」がコンセプト。地元で取れた野菜、注文が入ってから茹でる生麺、醤油と味噌をブレンドしたオリジナルソースなど、当店ならではの広島焼がメインのお店です、と巡礼冊子に紹介されてる久留米市合川町2120-4、バッティングドームとアイススケート場でお馴染みスポーツガーデン久留米隣り、細い裏路地に店を構える「魔女のおこのみ たばさ」を訪れたのは夕方6時前で、その日はずっと雨が降り続いていて、黒革とゴム素材のチェルシーブーツはすっかりびちゃびちゃで、15名程度で満席になりそうな狭い店内には、客は俺一人だけだった。天井の剥き出しコンクリート以外は、床板、椅子、テーブルと全て木目調に統一され、至る所に魔女モチーフの小物が配されていた。健康志向を前面に押し出しており、思想の強い店のようだった。


テーブル脇に、来店ノート、自由帳があったのでページをめくった。中高生だろう、乱雑なタッチで、お好み焼きを食べた感想、友人へのメッセージ、告白、懺悔、意味不明の直線と曲線、国政に対する憤懣、稚拙なイラストが描かれている。ドラえもん、ドラゴンボールと俺たちの時代から描く対象は変わっていない様だ。明るい言葉が並んだノートを読んでいると、どうやらこの店はご夫婦らしい店員さんと和やかに賑やかにお喋りを楽しみつつ、お好み焼きを食べる店のようだ。俺のようにむっつりと押し黙り足元びちゃびちゃで陰気な男には似合わない店だったかもしれない。俺は俯き加減で、雨の往来へ出た。勿論、ちゃんと、金を払ってからだ。




たばさお好み焼き / 櫛原駅西鉄久留米駅
夜総合点★★★☆☆ 3.6