678 あなたでしょう | さあ旅に出よう

さあ旅に出よう

どんな人にも
大切にしたい旅がある

 

 以前、ウシオ電機の牛尾会長と偶然エレベーターで一緒になったことがある。

 私が初めて会長を知ったのは、高校時代に読んだ偉人伝というのか、世の中の偉い人たちの半生が一冊の文庫本にまとめられていたのを従兄の書棚から借りたときだったから、もう40年近く昔になる。

 

 その本の内容は、全く覚えていない。当然、自分が経営者になろうなどとは思いもよらぬ年頃だった。たしか自分が丑年なので、ウシオというのが、なんだか面白い社名で記憶に残ったのだろうと思う。

 

 その後、社会人を経て会社を始めることとなり、経営者の読み物に接することが増えたころから、頻繁に牛尾会長の言葉を目にするようになった。財界の重鎮というのも後に知ったことだった。

 

 今は致知という月刊誌や味の手帖で対談が掲載されているのをよく目にするが、ご高齢にもかかわらず、第一線から外れていないように見えるのは、本当に一流の経営者は、心身共にタフなのだろうと思う。

 

 先日、高齢者の移動(モビリティ)について、レクチャーを頂くのに誰かいい人はいないかと、ジャーナリストで医療福祉大のおおくまゆきこさんに尋ねたところ、「あなたでしょー」と言われてしまいはっとした。旅行の先輩を手伝う書生のような半端な思いでこの分野に入ったものの、手探りしている間に福祉の樹海にすっかり迷い込んでしまって抜けられなくなったというのが本当のところだろうと思う。

 

 いつしか毎週のように取材が入り、雑誌が取り上げてくれるおかげで、介護旅行の先駆者などとはやし立てる人もいるが、私自身にその自覚は薄かった。だから、この四半世紀の間に先輩たちがどんどんリタイアし、あるいは他界して、周りを見れば残っているのは、ほとんどいないという状況に戸惑うことも少なくない。

 

 牛尾会長が数多く残された名言の中で、私が肝に銘じていることが一つある。それは、無名有力の時を経ずして、有名無力になることほど、経営者にとって恐ろしいことはないという話だ。いつまでも、人の下で首を垂れているだけなのも情けないが、なまじ有名になるとたいした力もないのに見栄を張ったり、威張ったりと、人の性にはよそから不要な恨みを買うような振る舞いにでることが多い。権力は、必ず腐るというのも事実だろう。

 

 先日、エリート官僚と言われる人の話を聞いたが、優秀という中にも上中下というものがあるのだろうと感じた。いったん上に上がった者は、下に降りるのには登り以上に勇気がいるのだろうと思う。

 

 これも昔、日本で高級なペルシャ絨毯を売る知り合いのイラン人が、人には値段があるといい、あの人は安い人だと表現していたのを思い出した。

 

 起業家仲間にすすめられたメディアの露出は、無名企業の経営者としては、とてもありがたいことだが、いつも実力とのアンバランスに対する怖れもある。見栄を張る余裕はないが、一方で自負心などもないわけではない。ただ、生涯勉強の気持ちは、これからも大事にしていこうと思っている。最近、近しい人の死が続き、残る時間をどう過ごすかを真剣に考えるような気がする。