私がやったことは許されないことだ。
自分勝手に幼気な少女の気持ちを弄んだ。
エレナの時もそうだった。
エレナは変わらず私を愛してくれていたというのに。
私がエレナを捨てた。
社会からはみ出すことを拒んだ。
いつまで経っても私は成長しない。
こんな私が教師なんてやってていいのだろうか。
「麻里ちゃん!」
保健室から続く廊下で自問自答をしていると、後ろから名前を呼ばれた。
振り返ると、目を真っ赤にさせた陽菜が息を切らして立っていた。
「待ってよ、麻里ちゃん…」
陽菜はゆっくりと近付くと、ぐいっと私の胸元を掴み、顔を近付けた。
目の前に浮かぶ綺麗で整った顔。
官能的な唇がじりじりと迫ってくるのと比例して、私の身体も熱を帯びていく。
息づかいを感じる。
吐息が漏れる。
甘く、愛しい香りがした。
あと数センチで唇が触れるか、というところだった。
待ち構えていたそれは触れ合うことを拒み、ピタリと動きを止めた。
「…しないよ。唇には。」
陽菜はそう呟くとチュッと軽く頬にキスを落とした。
「これでチャラにしてあげる。」
ほのかに甘い香りを残して陽菜はまたゆっくりと身体を離す。
「陽菜はね、本気で麻里ちゃんのことが好きだったよ。あの夏のひと時は、陽菜にとって大切な、とっても大切な時間だった。麻里ちゃんにとって陽菜はただの身代わりだったのかもしれないけど、それでも陽菜は幸せだった。」
「陽菜…」
「けどね、それももう今日で終わり。もう、麻里ちゃんのことを追いかけるのはやめる。」
陽菜はすごく大人びた顔をしていた。
それはきっともう、今朝とはまったく違う陽菜になっていた。
「エレナさんのこと、話してくれてありがとう。おかげで陽菜も、大切なことに気付けた気がする。」
ああ、きっとこの子は答えを見つけたんだな。
これから先、再び迷うことはあるかもしれない。
けれど、いまここにいる陽菜の先には一本の道が続いている。
「ありがとう、陽菜。本当に、ありがとう。…行かなきゃいけないんでしょう?」
「うん。陽菜もきちんと伝えてくる。だからね、麻里ちゃん。麻里ちゃんも伝えて。エレナさん、きっと今でも待ってると思う。麻里ちゃんのこと、ずっと待ってると思うよ。」
だってエレナさん、陽菜に似てるんでしょ?そう言って笑った陽菜はバイバイと手を振って私に背を向けた。
教師は生徒に教えることよりも、教えられることの方が何倍も多い。
そうやって、ひとつひとつ成長して、学んでいくんだ。
ありがとう陽菜。
ありがとう大島さん。
ふたりの歩く道が、この先ずっと一本道でありますように。
決して分かれてしまいませんように。
私とエレナの分も、幸せに生きられますように。