FRB:米金融当局「日本の失われた10年」リスク念頭に | C株で稼ぐ

FRB:米金融当局「日本の失われた10年」リスク念頭に

Bloomberg:2008年7月29日:

FRBウオッチ:米金融当局「日本の失われた10年」リスク念頭に

7月29日(ブルームバーグ):サブプライム(信用力の低い個人)向け住宅ローン危機が発生してから1年が経過。しかし、事態が一段と深刻化するなかで、米連邦準備制度理事会(FRB)の一部当局者は失われた10年につながった日本型金融危機のリスクも想定し始めた。

FRBはこれまで「日本の金融危機は日銀の政策対応が遅れ、実質政策金利をマイナスにできなかったことが原因」(2002年6月公表の調査リポート)と分析していた。この研究成果もあり、バーナンキ議長は今回の米金融バブル破裂に対して、大幅マイナス金利政策と大規模な流動性供給策を断行する。しかし、「明確な景気下振れリスク」が生じるなど効果が一向に挙がらないため、FRBは日本型金融危機の二の舞をさけるため、その予防策を探っている。

 バーナンキFRB議長ら首脳部は、昨年9月から7回(合計3.25ポイント)にわたる利下げと、前例のない大規模流動性供給策により、当面の打つべき手は打ったと自負していた。さらに、3月にはJPモルガン・チェースによるベアー・スターンズの救済・合併を仲介し、金融危機の峠は越えたと安堵していただけに、今回のファニーメイ(米連邦住宅抵当金庫)とフレディマック(連邦住宅貸付抵当公社)の危機発生で自信がゆらいでいる。

しかも、今回の住宅金融公社の危機は、6月25日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で利下げ停止を決めた直後という最悪のタイミングで発生している。FOMC声明も「景気下振れリスクは幾分小さくなった」と、景気悪化へのリスクを後退させていただけに、見通しの悪さを露呈してしまった。

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6月FOMC声明と7月議長証言の落差

ワシントンを拠点とする金融コンサルタント会社オブザーバトリー・グループは調査リポートで「一部の金融当局者は6月のFOMCで景気下振れリスクが縮小したと表明したことについて再考している」と指摘した。バーナンキ議長がこのグループの中核に位置することは明白。こうして同議長は15日の議会証言で、6月のFOMC声明に盛り込まれていた「景気下振れリスクはやや縮小した」という重要項目を削除。代わりに「明確な景気下振れリスクがある」と下方修正したわけだ。

 7月の議会証言は本来、直前のFOMCのコンセンサスを表明するのが目的。しかし、バーナンキ議長は今回、6月のFOMC声明の重要項目をあえて繰り返さなかった。6月のFOMCから7月15日の議会証言にかけて、同議長はFOMCの全メンバーと意見調整した形跡がなく、「景気下振れリスク縮小」の削除は、住宅金融公社問題が噴出した7月10日以降にバーナンキ議長がFRBボードメンバーら議長に近い幹部との間で急きょまとめたとみられる。

 その証拠に、同じハト派のイエレン・サンフランシスコ連銀総裁は7月10 日の講演で、6月のFOMCのコンセンサスに沿って、「景気下振れリスクは幾分か縮小した」と述べていた。その5日後にバーナンキ議長は上院銀行住宅都市委員会の公聴会に出席。用意した冒頭のテキストで、「明確な下振れリスクがある」と、景気見通しに関して、6月のFOMC声明から一歩後退。「インフレ加速リスクと並列に戻す。その上で、金融市場正常化への支援が「最優先事項である」と強調した。

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ハト派の中核にFOMC正副議長

 金融危機克服へ向け実戦部隊を率いるガイトナー・ニューヨーク連銀総裁は7月24日に下院金融委員会で、「金融システムは厳しい調整に直面している」と証言。「この調整過程を和らげ、一般経済に打撃を加えないようにする緩衝材を提供することが不可欠だ」と強調。バーナンキ議長を側面支援している。

 こうした情報を総合すると、バーナンキ議長が15日に表明した議会証言のあらすじはFRBボードメンバーとFOMC副議長を務めるコアメンバーを中心にまとめ上げられた構図が浮かび上がる。

 一方、タカ派のホーニグ・カンザスシティー連銀総裁はバーナンキ議長が景気下振れリスクを下方修正した翌日にコロラド州で講演。「現在の金融緩和政策により景気後退リスクは縮小する一方、インフレリスクが高まるのはほぼ確実だ」と、6月FOMC声明の景気下振れリスクの縮小を繰り返したうえで、金融政策に伴うインフレリスクの高まりを警告した。

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議長が醸成したタカ派の発言力増強

タカ派メンバーはバーナンキ議長がFOMC全メンバーの調整なしに、FOMC声明から逸脱したことに不満をにじませた。さらに、FOMC最古参で中立的立場を取ることが多いスターン・ミネアポリス連銀総裁は18日に、ブルームバーグ・ニュースとのインタビューで、「今後直面する可能性のある景気下振れリスクに対して十分な備えがある」と、景気下振れリスクに万全を期したことを強調。

 その上で、同総裁は「インフレ先行きに対する不安の方がやや勝る」と指摘、利上げに前のめりの姿勢を示した。スターン総裁は「金融市場の正常化と、米経済の回復を確認するまで、利上げを待つことはできない」と指摘、経済の先行きを予想しながら、プリエンプティブ(先制的)に利上げすべきだとタカ派に同調する発言を行っている。

 バーナンキ議長はグリーンスパン前議長のトップダウン方式に対する反省からFOMCに合議制を持ち込み、タカ派が活発に見解を表明する土壌を醸成した。バーナンキ議長は身内に利上げを急ぐメンバーを抱えながら、米史上最悪の金融危機に立ち向かうことになる。

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2000年夏「ゼロ金利解除」の既視感

ファニーメイとフレディマックは財務省の支援方針の決定により、小康を得ているが、応急処置の域を出ない。金融危機に伴う一般経済への打撃は今後さらに深刻化するリスクが高い。住宅価格の低迷が続けば両公社が抱える不良資産は拡大する。ポールソン米財務長官は公的資金注入の道筋は作ったものの、日本の経験を踏まえれば、調整過程の道のりは遠い。

 FOMCが直面するジレンマは、2000年夏に日銀が置かれた状況と類似する面もある。日銀は1999年2月に「ゼロ金利政策」を導入したが、異常事態との認識を示し、「デフレ懸念の払しょくが展望できれば、速やかに解除する」と繰り返し表明していた。

 そして、導入から1年半が経過した2000年8月に0.25%の利上げに踏み切る。しかし、米国のIT(情報技術)株式バブルの破裂と重なり、翌年の3月に量的緩和に追い込まれる。バーナンキ議長がタカ派に押されて利上げに踏み切れば、当時の日銀と同様の立場に追い込まれる恐れもある。

 もっとも、当時の日銀と現在のFOMCの間には大きな相違点もある。日銀の場合は速水優総裁(当時)がゼロ金利解除を主導したのに対し、現FOMCは正副議長とも利上げに慎重な姿勢を取っていることだ。ただし、2000年当時は中国など新興国経済の離陸開始でデフレ圧力がかかっていたのに対し、今回は新興国の躍進で資源インフレが生じ、一般物価にも確実に上昇圧力が加わっている。

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バーナンキ議長の内憂外患

 日銀は世界的なデフレ圧力に直面することになったが、FOMCは逆に世界的なインフレ圧力に対抗する必要がある。バーナンキ議長は内に住宅価格下落による資産デフレ圧力、海外から新興国の発展に伴うインフレ圧力に直面。正に内憂外患だ。

 米国の消費者物価指数は6月に前年同月比で5%上昇しており、インフレ分を除いた実質政策金利はマイナス3%。しかも、戻し減税を中心とする総額 1680億ドル(約18兆円)に上る景気浮揚策を実施しているが、なお景気後退リスクと隣り合わせの状態だ。

 バーナンキ議長は急速な利下げと流動性の供給を実行したため、「日本型の金融危機は回避できる」となお表面は強気を維持している。しかし、いずれの措置も応急処置でしかない。しかも、今回の米金融バブルは史上最大規模に膨れ上がった後に破裂しているだけに、その治療は日本のバブル破裂のときよりも困難を伴う。それは、とりもなおさず、今回の米金融危機が90年代の日本の危機を上回るリスクをはらんでいることを意味する。