大阪から金沢までサンダーバード、

金沢から七尾駅までJR七尾線、

そこで、

のと鉄道に乗り換えて能登中島駅。

そこからは電車が不通のため代替バスで、

拠点のある西岸駅へ。

 

道中、多くの家や道路が

地震後そのままになっているのを見る。

 

活動拠点に到着して

最初に目についたのは、

他地域からの応援。

 

阪神淡路大震災の時も、

西日本豪雨の時も、

他府県ナンバーの車両を見ると、

なんともいえない安堵感があった。

みんながいてくれてるんだと。

生活物資をお配りしている場所でも、

メッセージつきで様々な生活用品が。

 

常総市で被災された

おばあちゃんの手編みの帽子を、

石川県の小牧のおばあちゃんが、

とてもありがたそうに、

手にしていました。

 

お友達同士で選び合って、

とってもお似合いの赤い帽子をかぶられて、

「ここに来たら元気が出る」とにっこり。

その補充や陳列のボランティアの中には、

被災された方の姿も。

「もらいにくるだけだとなんだから、

いつも1時間だけでも

手伝うようにしとるんよ」

お話を伺うと、

家の片付けもまだまだなのに。

「いくつまで持って帰っていいですか?」と、

遠慮がちに

聞いてこられる方もいる。

例えばドッグフードやキャットフードも、

袋ごと持ち帰っていただくほどの

在庫はないので、

袋から出してあって、

そこから小分けに持って帰っていただく。

 

一方で、

「ご家族分だけお持ちください」

と表示しているにもかかわらず、

ごっそりと、

こっそりと、

持ち帰ろうとする方もいる。

もしかしたら大家族なのかもしれないし、

そういう方の背景に何があるのか、

きちんと聴きとらないとわからないけれど。

そして私たちの役割は、

”監視”ではないのは確かだ。

お米を小分けしたジップロックの前で、

「お米が欲しいけど、

水がまだ出ていないので

無洗米がいいんです」

とつぶやいた女性がいた。

見るとあんなにあった無洗米が、

全部なくなっていた。

在庫があるのがわかっていたので、

急いでバックヤードから、

その方に手渡した。

公平性。とても難しい。

気づいた時に、気づけた時に、

できることをするしかできない。

物資の支援はこちらからもできます。

http://ngo-kyodo.org

*参加した足湯ボランティアは、

被災地NGO協働センター

CODE海外災害援助市民センター

兵庫県防災士会の協働プロジェクトです。

(写真は一緒に行ったメンバーのものも

 お借りしています)