『クマのプーさん』 原作いちばん桃子訳にばん | 手当たり次第の本棚

『クマのプーさん』 原作いちばん桃子訳にばん

最近、ともかくあちこちで、クマのプーさんのキャラクターグッズを見かける。
文具や子供用食器はもとより、ちょっと大型スーパーに入ってみまわせば、あるわあるわ、洗面用具に風呂用品、その他、あちこちに、クマのプーさん。

ただし、その99%は、ディズニーのキャラクターだ。

……きらいなんだよなあ、これが。
なぜかって、まず、絵柄がもとの本の絵に忠実ではない。
いかにもアメリカ人好みとでもいおうか。擬人化されてるんだな。ティガー、あとあしで立ってるじゃん。ミルンの方を見ると、けっしてそんな事はない。よつあしで走ってるんだけどね。
すでに、原作にはないはずのストーリーまで作られている、というか、教材に流用されているために、そこで勝手にディズニーによる『クマのプーさん』が動いてしまっている。
これが、なんか、いやなんだ。

もうひとつ。
固有名詞になれないんだよ(笑)。
なぜかというと、私にとっての『クマのプーさん』は、石井桃子訳のプーさんだからだ。

もとより、子供むけに書かれたお話なので、石井桃子は、登場人物(登場ぬい物か?)の名前も、ちょっと工夫をしている。子供にわかりやすいように、しているんだな。
プーさんはプーさんですけれども(笑)。
「とらのぬいぐるみ」ならば、原文はティガーであっても、「トラー」にした。
「子豚のぬいぐるみ」ならば、同じく、ピグレットであったところを、「コブタ」。
まあ、まだ舌の回らない小さい子供の立場で発音してみたまえよ。
言えますか?
ピグレットって。
大人だって、日本人の場合、ちと言いにくいと思うんだが。
おまけに、ピグレットがちっちゃい豚をあらわすってわかりますかね?

石井桃子訳は、日本人の子供むけに練られた文章だということは、保証する。
もしプーさんを読み聞かせするなら、絶対に石井桃子訳が良い。
訳文の日本語のリズムも、非常に良いからだ。

ところで、『クマのプーさん』は、なぜこんなに人気があるのだろう。
ディズニーのプーさんにしたところで、他にもディズニーのキャラってたくさんいるよな。
なのに、あたりにあるのはひたすらプーさんなのだよ。
……どうして?

それは、ひとえに、プーさんの性格にあるのだろう。
彼は、ぬいぐるみのクマである。
テディベアっていうより、もちっとリアルなクマに近い造形。
で、ハラがでかく、いかにものんびりやで、くいしんぼうで、ストイックさなどかけらもない。
そして、とってもおひとよしだ。
クリストファー・ロビンが言うように、
「まったく、プーのやつ! しようがないなあ」
親しみをこめて、このセリフがついつい口から出てしまうような、そういうクマだ。

その場にプーがいるだけで、ほのぼのとした気持になる。
リラックスできるといってもいい。
「ぬいぐるみって、そもそも、そういうもんだろう?」
そういう意見もあるかもしれないが、いやいやいやいや。
ぬいぐるみの中でも、プーほどのものは、そうはいないと思うぞ。
プーというクマは、人一倍ならぬ、ぬいぐるみ一倍、「やすらぎ感」を発散する存在なんです( ‥)/

何かとストレスが高い、疲れた現代人にとって、これほどの友があるだろうか。
きっと、プーさんがかほどに流行している理由は、プーを買い求める人が、無意識に、やすらぎを欲しているからではあるまいか。
もしも、嘘だと思うなら、ためしに、疲れた気持の時、『クマのプーさん』を読んでみたまえ。
なるべくなら、石井桃子訳でね。


著者: A・A・ミルン, 石井 桃子, A.A. Milne
タイトル: クマのプーさん プー横丁にたった家