「赤い大陸」第二章
「邪悪」
「邪悪」
きのう桜の開花宣言に沸いたK市にはその日、一転して朝から冷たい雨が降り続き、風はまるで冬の初めの木枯らしのように冷たい。通りの桜並木もほころびかけた蕾を揺らしていた。
「何かが聞こえる」
ベッドの中で目を覚ましたみどりは、昨夜の酔った客の悪態を思い出し目覚めから憂鬱な気分になってしまった。
「…ったくあのオヤジ…」
もう少し眠りたいベッドの中で横を向いたままサイドテーブルに手を伸ばし、そこにあるはずの携帯を探った。
小野木みどりは大学こそ卒業したものの結局希望していた出版社からの内定は貰えず、仕方なく学生時代からやっていた居酒屋のバイトを続けている。実家からの仕送りも断り一人で単身用の古いマンションに住んでいた。
どうやら外は雨が降っているようだ。みどりは目が覚めたのは雨音のせいかもしれないと思った。それでも薄地のカーテン越しに淡い光が差し込んでいる。雨が止む気配はないがどうやら日は既に高いようだ。
「何時だろう…」
そう思いながら、みどりの細くしなやかな指が携帯に触れた瞬間、記憶のない無機質なメール音が静かな部屋に響いた。みどりは驚いてベッドから身体を起こした。
「変だな。誰だろう?」
指先をストラップにからめ携帯を手繰り寄せたみどりは、その小さな画面を覗きこんだ。
「?…」
送信者は自分になっている。タイトルには何も表示されていなかった。
「ちぇっ、またイタズラメールか…」
いつも通りみどりは中も見ずにメールを削除しょうと思ったが、それでも記憶にない着信音が気になった。
「たまにはおバカなメールでも覗いてやろうか…」
慣れた指使いで受信フォルダからメールを選択すると決定ボタンをクリックした。ほどなく、自分からのメッセージが現れた。
「パ・ル・ミ・ラ・ニ・ガ・サ・ナ・イ・オ・マ・エ・ヲ・コ・ロ・ス」
「ナニこれ!」
悪戯メールにしてはあまりにも性質が悪い。みどりはもう一度携帯に浮かんだ文字を読んだ。ほどなく「ニ・ガ・サ・ナ・イ・」からうしろの文が判読できた。文は恐ろしい言葉を刻んでいた。
「パルミラって何だよ。それに逃がさない?殺す?冗談じゃないよ!
「何かが聞こえる」
ベッドの中で目を覚ましたみどりは、昨夜の酔った客の悪態を思い出し目覚めから憂鬱な気分になってしまった。
「…ったくあのオヤジ…」
もう少し眠りたいベッドの中で横を向いたままサイドテーブルに手を伸ばし、そこにあるはずの携帯を探った。
小野木みどりは大学こそ卒業したものの結局希望していた出版社からの内定は貰えず、仕方なく学生時代からやっていた居酒屋のバイトを続けている。実家からの仕送りも断り一人で単身用の古いマンションに住んでいた。
どうやら外は雨が降っているようだ。みどりは目が覚めたのは雨音のせいかもしれないと思った。それでも薄地のカーテン越しに淡い光が差し込んでいる。雨が止む気配はないがどうやら日は既に高いようだ。
「何時だろう…」
そう思いながら、みどりの細くしなやかな指が携帯に触れた瞬間、記憶のない無機質なメール音が静かな部屋に響いた。みどりは驚いてベッドから身体を起こした。
「変だな。誰だろう?」
指先をストラップにからめ携帯を手繰り寄せたみどりは、その小さな画面を覗きこんだ。
「?…」
送信者は自分になっている。タイトルには何も表示されていなかった。
「ちぇっ、またイタズラメールか…」
いつも通りみどりは中も見ずにメールを削除しょうと思ったが、それでも記憶にない着信音が気になった。
「たまにはおバカなメールでも覗いてやろうか…」
慣れた指使いで受信フォルダからメールを選択すると決定ボタンをクリックした。ほどなく、自分からのメッセージが現れた。
「パ・ル・ミ・ラ・ニ・ガ・サ・ナ・イ・オ・マ・エ・ヲ・コ・ロ・ス」
「ナニこれ!」
悪戯メールにしてはあまりにも性質が悪い。みどりはもう一度携帯に浮かんだ文字を読んだ。ほどなく「ニ・ガ・サ・ナ・イ・」からうしろの文が判読できた。文は恐ろしい言葉を刻んでいた。
「パルミラって何だよ。それに逃がさない?殺す?冗談じゃないよ!
」
イライラが最高潮に達したみどりは携帯を横のソファに放り投げた。その瞬間みどりは、背後からゾクゾクする悪寒を感じた。背中から両手の指先まで突き抜けるような、強烈にして最悪な視線を感じたのだ。同時に「シャー」という音が後頭部に響いた。信じがたいことを理解せざるを得なかった。誰かが勢いよくカーテンを開けたのだ。
「ウソ、ダレ?」
動悸が激しく体を打ち、唇は小刻みに震え始め、ノドが急速に渇いてきた。
「いったい何なの」
意を決したみどりが恐る恐る窓の外に顔を向けるとそこには何と、雨だれとともにみどりを凝視する見知らぬ少女の生首が浮かんでいた。
「キャー!」
仰天したみどりの叫び声が部屋の中で幾十にも木霊した。それでもお構いなしに少女はじっとみどりを見ている。口元に怪しい笑みをうかべたまま微動だにしない。
冷たい雨に打たれた生首の、乱れた髪の数本が不気味に赤い唇の端から口腔にかけて張り付いていた。
みどりの心臓は今にも張り裂けそうだ。だが、目をそらそうにも体が動かない。冷や汗がゆっくりと頬を伝い落ちていくのを感じた。降り続く雨の中でゆらめくように浮かんでいる少女の生首。みどりは目をそらそうにも、自分を見つめる少女の目に射すくめられて身動きができなかった。
窓越しに雨の音がよどみなく聞こえてくる。みどりは震えながらただじっと、降り続く雨と少女の生首を見つめていた。その時、バチンと音がして窓のロックがはずれ、目の前の窓が一気に開いた。同時に雨音がボリュームアップする。その「ザー」っという雨音に紛れて、かすかに人の話す声が聞こえた。よく見ると生首の赤い口元がかすかに動いている。
「パ・ル・ミ・ラ…」
意味はわからないが、みどりにはそう聞こえた。生首はその口元以外は相変わらず微動だにせず、ずっとみどりを凝視している。みどりは恐怖と寒さでガクガクと震えだした。何とか手足を動かそうとしてみるがほとんど動かない。まるで見えないロープでがんじがらめにされているようだ。その時、生首少女の視線が少しだけ下に動いた。
みどりもつられて同じ視線の先を見た。でもそれは窓の外に注がれている。みどりが覗くことは不可能だった。生首の視線は自身の下方、おそらくは窓枠の下の外壁に向かっていった。次の瞬間、あまりにも邪悪な妖気が部屋中に垂れ込めてくるのを感じた。急速な冷気がみどりの吐く息を白くそめる。同時に、みどりは強烈な吐き気に襲われた。
「ひっ、何なの」
みどりには不気味な少女の生首以上にもっと恐ろしいものの存在が感じられた。
「外の壁に何かいる!」それがおぞましくも最悪なものであることは本能的にわかった。
「い、イヤ!」 恐怖の絶頂に達したみどりはふと、恋人の古瀬村裕二の名を呼んだ。
「裕二ー!」
二度三度、か細くそう呟きかけた時、突然後ろにある玄関のドアが激しく叩かれた。同時に廊下から大きな声が飛び込んできた。
「みどり、居るんだろう?俺だよ、ユ・ウ・ジ」