本稿は6月28日の續きです。
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國體の本義解説  2

  執筆原稿

               編著  小林 隆 

※參考文獻資料
・『國體の本義』          文部省  昭和十二年
・日本古典文学大系『日本書紀』上・下巻     岩波書店刊
・日本古典文学大系『古事記・祝詞』       岩波書店刊
・『詔勅集』         塚本哲三編緝   
・『神皇正統記評釋』     大町芳衛著
・『古事記傳』        本居宣長著 一巻
・山鹿素行『中朝事實』    島津學堂譯著
・『日本外史』        頼山陽著
・『直毘靈』         本居宣長著
・『靈能眞柱』        平田篤胤著
・『詔勅集』         塚本哲三編集    有朋堂刊
・『高山彦九郎全集』     高山彦九郎先生遺徳顕彰會 
・『眞木和泉守全集』     小川常人編  水天宮刊
・『講孟剳記』        吉田松陰著
・『古事記概説』       山田孝雄著
・『奈良朝文法史』      山田孝雄著
・日本古典文学大系『萬葉集』一~四巻      岩波書店刊
・『萬葉集古義』一~十五巻  鹿持雅澄著
・藤田東湖『弘道館記述義小解』加藤虎之亮著
・國史と日本精神の顯現   清原貞雄著
・日本二千六百年史     大川周明著
・『皇道の本義』       今泉定助著
・『少年日本史』       今泉澄著
・『萬葉集評釋』       山路光顯著
・『柿本人麻呂』       武田祐吉著
・『人麿と其歌』       樋口功著
・『有職故實』        江馬務著
・『尊壌論』         玉川治三著
・『神ながらの道』      J・W・T・メーソン著
・修養大講座『靖獻遺言』   加藤拙堂編著
・修養大講座『言志四録』   加藤拙堂編著
・日本上代史の一研究     池内宏著
・『憲法改悪の強要』     J・L・ウェスト著
・モラエス『日本歴史』    V・モラエス著 花野富蔵譯
・『天皇國見聞記』      P・クローデル著
・『告日本國』        P・リシャル著 大川周明譯
   

 「國體」とは奚ぞや! 2






 兎に角、國家の盛衰と云ふ事は、
 其の國民の精神の働きが
 大きな力を持つことは間違ひのないのです。


 しかし、今あまりにもこの日本といふ國の
 國民の精神が脆弱となっていると
 いへるのではないでせうか。


 その脆弱な精神の原因こそ、
 私は「國體觀」の喪失にあると
 信じて疑はないのであります。


 私達が一人でも多く
 「國體」の眞の意味を知ったならば、
 この國に生れた歡びに包まれ、
 自らの生活を、
 人生を正しくしてゆくに
 違ひないと私は信じております。



 さて、國體の定義については、
 戰前の文部省が昭和十二年に
 發行した『國體の本義』といふ本の中で
 その冒頭に次のやうに定めてゐます。

第一 大日本國體


一、肇國


 大日本帝國は、
 萬世一系の天皇
 皇祖の神勅を奉じて
 永遠にこれを統治し給ふ。


 これ、我が萬古不易の國體である。

 而してこの大義に基づき、
 一大家族國家として
 億兆一心聖旨を奉體して、
 克く忠孝の美德を發揮する。

 これ、我が國體の精華とするところである。

 この國體は、
 我が國永遠不變の大本であり、
 國史を貫いて炳へいとして輝いてゐる。


 而してそれは、國家の發展と共に
 彌々鞏かたく、天壌と共に窮るところがない。

 我等は先づ我が肇國てうこくの事事の中に、
 この大本が如何に
 生き輝いてゐるかを知らねばならぬ。


 これが「國體の定義」であり、
 これを基礎としてある程度時代の進捗に
 思想的に付加して
 愈々發展させてゆくものだと考へます。

 それについても、その淵源、
 日本の歴史、様々な事蹟、
 人物、精神、思想、學問などから
 考察してみたいと思ふのです。


 さて「國體」といふ言葉は、
 日本にのみ存在する考え方といへます。


 世界いづれの國々を見廻しても、
 この樣な考え方や言葉は存在しないと
 言つてよいと思ひます。


 それは何故なのか。


 それを最初に考えて見ませう。


 いま世界は、
 個人尊重民主主義といふ言葉によつて
 其の思想は支配されて居ます。


 この個人尊重民主主義とは
 十八世紀以降の人間至上主義の一部の
 西洋思想が元となり、
 その延長線上に在る思想といへます。


 この思想の根底をなすものは、
 この地球上に於ては
 人間こそが最高至上の存在で、
 その他の存在の總べてが
 人間に從屬すべきものである。


 このやうなものであります。


 それは、個人に至高の價値を認め、
 個人の自由と平等を主張すると共に、
 國家を超越した抽象的な世界性を
 尊重する思想と云えます。


 即ち、國家とは個の集合体である

 という考え方であります。


 言葉を變へれば
 人間至上主義の考え方なのであります。


 そして、この世界觀・人生觀・人間觀
 については歴史的考察を
 欠いた合理主義であり、
 實證主義と言えます。


 所謂、科學萬能主義なのであります。


 この樣な考え方に於ては、
 國家觀といふものを統一して持つことは
 非常に難しいと云へます。


 その爲外國に於ては法律に頼り、
 法律といふ枠を立てて
 國家を成立させていつて居ると
 言つても良いのであります。


 しかし、日本に於ては其の歴史から
 古代よりこのやうな考へ方は
 必要がなかつたのであります。


 この點につきましては後に詳しく述べます。
  


次回に續く