(ss)


ちくり、と胸がひりついた。
なにかとおもい顔を向ければ、胸のあたりが黒く焦げていた。
ちくり、とまた頬がひりついた。
頬をなぞれば、ぽろぽろとかさぶたのように焦げた皮膚が崩れた。
足元に落ちる焦げた皮膚がきらめいて、欠けた硝子のように積もる。


真っ白な床、真っ白な足と、真っ白な壁。

壁と床の境目がわからない部屋で、ひとりぼっちだ。
急に寂しくなって、ふと眼前に手を伸ばすと、指先がちりちりと焦げ始めた。
頬の崩れは、左目まで侵食をすすめていた。
視界が霞む、
ねむたくなり、目を閉じようとしたそのとき、指先にふわり、と包まれる体温を感じた。

うすく開いた視界にうつったのは、輪郭もおぼろな、淡くもはっきりとした黄色と紫。

ああ、貴方が、とおもった瞬間、焼けるような瞳の熱さと光の洪水に、意識が飛んだ。









意識がはっきりしたとき、最初に確認したのは自分の指先だった。
「こげるなんて はじめてだったなあ」
何度も掌と甲をひっくりかえして確認する。
熱いのも冷たいのも、ひりひりするのも、夢の中でしかわからない。
夢の中でさえ、それが本当の感覚なのかもわからない。
「夢って、すごいなあ」
夢の中なら、なんでもできちゃうかも。
ふふふ、と息をつくように笑った。



最近やたらと、白い部屋の夢をみる。
その部屋でぼくはひとりぼっちで、体の端々がだんだんとこげていくのだ。
なんてことはない、ただ、ひどく寂しい夢。

小さな一人がけのソファにうずくまる様に座っていた体を、うっと思い切り伸ばしながら、窓の外の月を見やった。
抱えていたぬいぐるみをそっと脇におく。
すらりと肉付きのない、虫の様なまっしろな片足を空中に沈ませ、体を起こし重心を傾ぎ、もう片方の足でソファをやさしく押した。

ふわり、と体が宙に乗る。
一歩ふみだすたび、データの空間を乱すゴーストの足跡は、ずれた乱数と再構築する整数できらきらと輝きを残すようだ。

電子の世界の中でも、ゴーストの存在は重力と足音を遠ざけ、構築された世界で小さなイレギュラーを生み出していた。


辿り着いた窓枠に腰掛け、嵌め込んだ天窓を押し上げる様に両手を添えながら、隣の部屋に聞こえない様に歌をうたう。
時折混じる空気の抜けただけの自分の声がするたび、歌はとまったが。



歌ううたは、地界の民謡だった。
これだけは、多くのことを忘れても、覚えている。
きっと、ヴァレンタインがよく歌っていたのを聞いていたからだ、とおもう。
筋肉もつかず声帯もあるのかどうか怪しい体で、でてくる声は心許ない。



そう、あの夢は、とても寂しい。
自分はたったひとりなのだとおもう。
夢をたべるいきものがいるときいた。そのいきものは、自分の夢を食べてはくれないだろうか、と考えたが、やめた。
例え悪夢でも、なにも、手放したくない。
そんな事を言ったら、あの黒いひとは、笑うのだろうか。



「あのひとは、もうねたかなあ」
ぽそりと呟いた声は、空間ににじむ。
見上げる下弦の月に、契約主を重ねた。
あの人は、月の色にそっくりだ。
天窓越しの月の輪郭を指でなぞる。
その指は、焦げ跡もなく真っ白なまま。


「あのまま 焦げてしまえばよかった」

殴られたことはない。胸ぐらを掴まれたこともなく、叱られたわけでもないが、褒められたわけでもない。
優しくない、ひとではない。
ただ、自分に関心がないのだ。


苦しい、とおもった。
自身を包む【ふしぎなまもり】のベールが、月光を受けて硝子の欠片のように輝く。
この世界にきて、はじめてこのベールを視覚で認識できた。
月も太陽も、この世界は美しい。
けれど、

「..らんちゃんのくれた ぬいぐるみがいるから いいんだ」

先程まで抱きしめていたクモのぬいぐるみは、無垢な視線を空中になげだしている。



夢のなか
なくなっていく自分の手を握ってくれたのは、きっと誰でもない。
それこそが、わるいゆめ。


あの人と自分の隔たりは、この天窓そのものなのかもしれない。



まどろみから醒めたあと、夜の時間はとても長い。



:::

彩之進さん@kiruさん
らんらんちゃん@鵺さん
アラーニェさん@inuさん
ぼんやりですがお借りしました。ありがとうございました。



(脚注/補足)
マイブラッディ ヴァレンタインには、地界に、分岐進化前の素体であり、分岐進化後に記憶を受け継いだほうのテッカニン、つまり彼自身のオリジナル体である「ヴァレンタイン」という女性がいます。

マイブラッディヴァレンタインという名前は、彼女が自分のコピー体につけた名前であり、
「血を分けた双子ともいえる存在のはずなのに、血も流れず記憶さえない、出来損ないのわたしの出がらし」という意味をもっています。