不確定性関係(不確定性原理)の新しい定式化について | Hidy der Grosseのブログ

不確定性関係(不確定性原理)の新しい定式化について

小澤正直教授による不確定性関係(不確定性原理)の新しい定式化がTU Wien(ヴィーン工科大学、ウィーン工科大学)での実験によって実証された、というニュースについて、TU Wienの公式サイトに掲載されている記事を翻訳・紹介します。 私が訳したのはドイツ語記事ですが、英語版もあります。

http://www.tuwien.ac.at/en/news/news_detail/article/7357/

 

私は、この実験についての日本語による報道も、いくつか読みました。

読売 http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20120116-OYT1T00076.htm

産経 http://sankei.jp.msn.com/science/news/120116/scn12011613140002-n1.htm  (2ページのうちの1ページ目)

日経 http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819595E3E7E2E2E48DE3E7E2E3E0E2E3E0E2E2E2E2E2E2 毎日 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120116-00000013-mai-soci

朝日 http://www.asahi.com/science/update/0116/TKY201201150398.html  (記事の一部。全文を読むには要課金)

はっきり言って、どの記事もパッとしません。 中には、はっきりと間違いとまでは言えないまでも、読み手に誤解を生じさせかねない記事もあります。 それも、不確定性関係について予備知識をもっている読者ほど、かえって誤解しかねない書き方になっています。

 

というわけで、このニュースについて正確な情報を知りたい方は、以下をお読みください。 ただし、小澤教授の不等式についての説明は、それほど詳しくありません。 また、中性子を用いた実験についても、解説は大雑把です。 不確定性関係の新解釈についての物理的な意義が、主要なテーマとなっています。 そこで、数式の意味や実験のやり方について詳細を知りたい方は、次にあげる日経サイエンスの記事も併せてお読みになることをお勧めします。

http://www.nikkei-science.com/?p=16686

http://www.nikkei-science.com/page/magazine/0704/heisenberg.html  (2007)

http://www.nikkei-science.com/wp-content/uploads/2012/07/72425dc8fbb8de2f6693d0f8ac73cc771.pdf  (2004)

 

訳について、いくつかの注。

○ 日本語情報では「長谷川祐司准教授」と紹介されていますが、TU Wienの記事では単に「Professor」となっていますので、そのまま「長谷川祐司教授」と訳しました。

○ 日本語では「不確定性原理」ということが多いですし、英語でも「Uncertainly Principle」ですが、「Unschärferelation」はそのまま「不確定性関係」と訳しました。 単に直訳したというだけではなく、「原理」よりも「関係」のほうが事態を正確に表現する より適切な言葉だからでもあります。

○ 類義語の訳し分け: Unschärfe=不確定性、Unsicherheit=不確実性、Position=位置、Ort=場所、genau=正確に、exakt=精密に、bestimmem=定める、特定する、messen=測定する。

○ X(Y)方向のスピン: X(Y)軸を中心としたスピン、というほうが良いとは思いましたが、「Spin in X(Y)-Richung」をそのまま訳しました。 専門用語では「スピンのX(Y)成分」といいます。 (ドイツ語ではx(y)-Komponente des Spins)

○ Natur: どうしても訳語の統一がとれず「自然界」「性格」と、文脈によって訳し分けました。

○ Störungstören: 「乱れ」「乱す」と訳せば良いとは思うのですが、このブログの最後に私が紹介する小澤教授の論文では「擾乱」という言葉が使われていますので、訳もそれに合わせておきました。

○ Gleichung: 「等式」としか訳しようがないのでそうしましたが、本当は「不等式」というほうが正しいです。

○ Formalismus: 本来は「形式主義」、つまり、必要以上に形式を重視する主義のことですが、そう訳すと意味が通じないので、単に「形式」としました。

 

前置きが長くなりましたが、TU Wienの公式サイトに掲載されている研究紹介記事「Schärfer als Heisenberg erlaubt」の翻訳です。

 

http://www.tuwien.ac.at/de/aktuelles/news_detail/article/7353/

 

Heisenbergハイゼンベルクが許したのよりも、もっと確定的

 

TU Wienにおける測定によって、量子力学上の不確定性について 理解が深まる

 

Heisenbergの不確定性関係は、おそらく、量子力学についての最もよく知られた根本でしょう。 この関係で言われているのは、量子の全ての特質を同時に任意の正確さで決定することはできない、ということです。 この事情は従来次のように根拠づけられてきました。 すなわち、或る一つの測定は いつでも必然的に量子に変化をもたらし、このことを通じて 別の測定に誤差を生じさせる、という風に説明されてきました。 しかし事態はそれほど単純ではないのです。 TU Wienの長谷川祐司教授と彼のチームは、中性子実験を行い、量子的な不確実性に対する多種多様な寄与について解き明かすことができました。 そして、このことによって、日本の研究仲間の或る理論が正しいということを確認しました。 その理論によると、量子系に対する測定の影響が測定の不確実性の根拠だということは、いつでも成り立つわけではないのです。 したがって、量子的な不確定性についてのHeisenbergによる立論は、改めて考え直される必要があります。 けれども、不確定性関係そのものは成立しつづけます。 この成果は専門誌『Nature Physics』に発表されています。

 

場所か、それとも運動量か ― けれども、どちらも、ということは決してない

特定の複数の量を同時に測定することは量子力学においてはできない、ということについては、争いはありません。 この事実をどのように解釈するべきか、ということが問題なのです。 「いままでのところ、人々はHeisenbergの有名な思考実験について聞かされてきました。 電子の位置を光によって測定するという実験です」と、TU Wien原子研究所AtominstitutJacqueline Erhartは語ります。 粒子の位置を非常に正確に特定するためには、非常に短い波長の(すなわち、エネルギーの大きな)光を使わなければなりません。 しかしながら、このことによって粒子に大きな運動量が与えられてしまいます。 つまり、測定によって粒子が推進力を得てしまうのです。 場所を測定するのがより正確になればなるほど、それに応じて粒子の運動量も より劇的に変わってしまうわけです。 場所と運動量とを同時に精密に測定することはできない ―― Heisenbergはこのように立論しました。 量子力学においては、他の多くの測定量ペアに対して同じ関係性が成り立ちます。 これらのケースにおいては、第一の測定量を正確に測定することが常に 第二の測定量の擾乱を引き起こしているのだ ―― Heisenbergはこう考えました。 第一の測定の不正確さ かける第二の測定の擾乱 の積は、一定の限界を下回ることはできない ―― 彼はこう考えたわけです。

 

自然界は不確定 ―― たとえ測定がなくても

第一の測定が量子系を乱し、それによって第二の測定に誤差が生じるということ ―― このことは、しかしながら、問題の核心ではないのです。 「このような擾乱は結局のところ、古典力学にだって存在します。 この種の擾乱が量子理論に対して直ちに何かをもたらすわけではないのです」と、Stephan Spnar (TU Wien)は説明します。 不確実性は、粒子の量子論的性格そのものに存在しているのです。 それは、次のようなわけです。 すでに以前から知られていることですが、きちんと決まった速さとはっきりした運動方向とを備えた点状の対象として粒子を考えることは、量子力学においてはもう できません。 そうではなくて、粒子は波のように振舞います。 そして、波は、存在する場所と運動量とを任意の正確さで同時に定義することが、決してできません。 いわば、粒子自身が、自分がどこにいるのかを、そして自分がどれだけ速いかを、正確には「知らない」のです。 そしてこのことは、粒子が測定されているのかそれともされていないのかということとは、全く無関係に成り立ちます。

 

測定過程を考慮する ―― 新しい不確定性関係

「この原理的な不定性と 測定に起因する追加的な擾乱とを精密に記述するためには、粒子と測定装置とを一つの量子力学的な形式で記述するということを、避けて通るわけにはいきません」と、Georg Sulzok (TU Wien)は説明します。 日本の物理学者・小澤正直教授は2003年にまさに このことに成功し、一般化された不確定性関係を導き出しました。 彼の等式には様々な「種類」の不確定性が入っています。 一つには、測定によって生じる不確実性があります。 というのも、測定は系の状態に干渉し、他の測定に誤差をもたらすからです。 これは、場所-運動量というHeisenbergの挙げた例に相当します。 もう一つには、等式は根本的な量子論的不確実性をも含んでいます。 この不確実性は、測定とは無関係に、どんな量子系にも備わっています。

 

中性子とそのスピン

TU Wienの原子研究所では、洗練された実験をデザインして、それによって不確定性に対する多様な寄与を測定し、それらの寄与をお互いに区別することができました。 その際に調査されたのは、場所と運動量ではありません。 そのかわりに、中性子のスピンが調べられました。 X方向のスピンとY方向のスピンとを、同時に正確に測定することはできません。 この二者は ―場所と運動量との関係と同じく― 不確定性関係を満たしています。 原子研究所の原子炉から出てきた中性子は、磁場によって正しい方向へと運ばれます。 そして、中性子のスピンが、二回の相次ぐ測定によって特定されます。 測定装置の操作をコントロールすることによって、不確定性の多様な源がお互いにどういう関係になっているのかということを、統計的に知ることができるようになっています。

 

測定の影響は任意に小さくできる

「初めの測定を行う精密さが増せば増すほど、それに応じて第二回目の測定に対する擾乱もより大きくなる ―― この事情は、依然として成り立ちます。 けれども、不確定性 かける 擾乱 の積は、任意に小さくできます。 不確定性についてのHeisenbergによる元祖の定式化で許されている値よりも、もっと小さくすることだってできます」と、長谷川祐司教授は語ります。 ところが、測定がほとんど影響を及ぼさない場合にもやはり、量子力学は不確定なままです。 「もちろん、不確定性関係は依然として正しいのです」と研究チームは保証します。 ただ、その根拠づけには注意を払わなければいけない、というだけのことです。 「不確定性は、量子的対象を測定することによって生じる擾乱的な影響に由来するのではありません。 粒子の量子論的性格そのものに由来するのです」。

 

訳は以上

 

最後に参考文献を一つ。

「不確定性原理の新展開 古い解釈と新しい定式化」小澤正直、『数理科学』200510月号(特集 不確定性原理の新展開 量子測定・量子情報をめぐって)、サイエンス社

かなり難しくて、恥ずかしながら正直な話、私自身、かなり飛ばし飛ばし読みました。 ただ、完全には読みこなせなくとも、小澤教授の問題意識がどの辺にあるのか(あったのか)、ということについて理解を深める助けになると思います。 図書館でバックナンバーを見かけたら、分からないところを端折りながらでも一読することをお勧めします。


以上