赤い光が灯るまで(要約) | 赤い光が灯るまで in 奄美大島

赤い光が灯るまで(要約)


奄美諸島では、過去5年間に少ない年で10人、
多い年で18人が海浜事故で亡くなっております。
奄美大島での死者は、そのうちの2/3を占めます。
海水浴をしていた人、潮干狩りや、釣りで高波にさらわれた人、
サーフィンをしていた人など、毎年約10名が奄美大島で命を落としています。

今年の7月19日、私は家族を連れて土盛海岸でシュノーケリングを
していると、沖の方から『助けてー!!』と、かすかな声が聞こえ、
見ると、岸から150m先に若者2人がおり、その内の1人は全力で
岸に向かって泳ぎながらも、どんどん沖に流されていました。

離岸流という沖に向かう流れに乗ってしまっており、
みるみる体力を消耗していました。
すぐに海上保安庁、消防に救助の要請を入れ、救助を待ちました。
その日、ビーチには10人程度の海水浴客がいまいたが、
その場には浮力のある救助道具が見当たらず、
その強い流れを目の当たりにしながら、150mを往復して
溺れた若者を引き上げる自信のある者もいませんでした。

流された若者の頭は、次第に海に浸かっている時間が長くなり、
残された時間が長く無いことを感じていました。
ただ、誰もが遅くとも数十分で救助が来ると思っていたため、
手を合わせ、『もうすぐ海猿が来るよ!頑張れ!!』と、
声を掛けていました。

しかし、救助はいつまで経ったも現れず、結局のところ、
一緒に流された若者が、30分経過した時点で、
離岸流に乗った若者を抱え、岸に戻りました。

流された若者は、涙目で
『助からないと思ったので、もう泳ぐのをやめるところでした。』
と、語りました。
大事には至らなかったものの、もう一歩遅ければ、
彼の命は無かったでしょう。

さて、皆が待ちわびた海猿は陸路で救助に向かっていたのですが、
私が車で飛ばして40分の距離を、1時間17分かけて到着しました。

奄美海上保安部の言い分は、急いだけれど、まず出発までに20分かかり、
その後、低速の軽トラックにつかまり、60分かけて約30kmの道のりを
走ったとのことです。つまり平均時速30kmです。

後日判明したのですが、海上保安庁の人命救助用のレスキューカーは、
全国的に赤色灯が付いていません。
過去に、羽田でも、海保の特殊救難隊が渋滞にハマり、
現場に行き着けないという事態が発生しており、
赤色灯の申請をしてきたのですが、申請が却下されていました。

平成19年、緊急車両を指定する権限を持つ警察庁本庁が、
海保のレスキューカーが赤色灯を灯すことについて、
『必要性を対外的に説明できる理由に乏しい』との理由から、
緊急車両としての指定を正式に却下しており、全国的に海保の
レスキューカーは現場に急行できていないのです。

牛丼を買いに赤色灯を灯していた長崎県警の不祥事からまだ10年ですが、
はたして、“人命救助”以上の赤色灯の必要性とは何でしょうか?

海猿(海上保安官の潜水士)から直接話を聞くこともできました。
『本土では、車が誤って港から落ちる事故などがよくあり、
 20分以内で駆けつければ助けられる。
 けれども、拠点も少なければ赤色灯も灯せない海保は、
 現場に着くのが警察よりも、消防よりも後になる。
 映画だとすぐに駆けつけているけれど、実際には嘘。
 多くは助けられない。』
 
どうにか現状を変えられないかと、私は7月から働きかけを
行ないましたが、警察庁は全く取り合わず。
海上保安庁本庁も諦めきっており、もはや再申請をする気も
ありませんでした。

衆議院議員である徳田たけし議員に相談をしたところ、
9月10日、国土交通委員会で、この問題に対して、
当時の国土交通相 前原 前大臣に訴えて下さいましたが、
答弁は煙に巻く内容で、現状は変わりませんでした。

徳田たけし議員はさらに話を進める意向はあるようですが、
現段階では世論の後押しが必要な時期で、これからこの話を多くの
人に知ってもらう必要があります。

日本全体で考えれば、毎年何人もの救えるはずの命を、海保の赤色灯が
ないが故に失ってゆく可能性があります。

そして、島にはより大きな問題がありました。
皆、島の一等地に海上保安部が拠点を構え、ちょくちょく新聞にも
コメントが載るため、たとえ溺れても海保が助けてくれるという安心感が
どこかにありました。それは、市民だけでなく、行政も、政治家も、消防も、
そういった期待を持っており、海保以外の水難救助体制は、
あやまる岬と大浜海岸の監視員のみで、ライフセーバーも、消防の水難救助隊も、
他の救助システムもできあがっていませんでした。

その唯一の救助機関である海保が出動までに20分を要し、
赤色灯なしで走る現状において、溺れた人が30分間頑張って泳いだとしても、
海保の守備範囲は名瀬からわずか10分圏内のみです。
古仁屋という島の南部にも海保の拠点はありますが、
海猿は名瀬にしかいないので、古仁屋へ海猿が着くのは何時間か分かりません。

その件に関して、海保は7つの漁協を使って、海保より先に駆けつける
システムがあるとのことでしたが、連絡のついた6つの漁協の返答は、
人を舟にすくい上げる様な実践的な訓練は過去にも行なったことがなく、
5つの漁協においては溺れた人の救助依頼が入ることすら知りませんでした。

結論から言うと、島で溺れた人が出た場合、それらの人を数十分で助けに
行くシステムは奄美大島には0です。
海水浴に子供を連れて行く島の人々にも、島の外から遊びにくる観光客にも、
溺れた時に生きた状態で救助できるシステムは0なのです。

これらの話は、私が相談した奄美市の多田義一議員により、9月10日の
一般質問で初めて公となり、その後、私が市議会に赴き、議員の先生方に
ライフセーバーの配備、消防の水難救助隊結成、漁協を取り込んだ
救助システムを創るべく提案をさせていただきました。

議員の先生方の反応は比較的良かったのですが、やはりこれらも世論の後押しが
必要となります。12月の来年度予算作成までに、これらの件を今一度議員の方々に
プッシュしなければいけません。
是非、議員の方々が動いてくれるように、島に住む方々からも知り合いの議員に
声をかけていただければと思います。

水難救助システムが奄美に無かったということは、市議会の一般質問において、
公開はされましたが、島のマスメディアにはこれからの露出となります。
島の方は、近いうちにこの話を目にされるかと思います。

国の問題として、海保の赤色灯の件、
島の問題として、水難救助システムの構築の件、
この2つの問題に対して3ヶ月間いろいろな働きかけを行なっていたところに
今回の災害が起きました。

まずは災害への対応が急務ですが、大島で毎年約10名の死者を
出している海浜事故も放置はできないので、
平行して活動を行なっていこうと思います。

詳細は、右端にある、ブログテーマ一覧の“赤い光が灯るまで”を
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このブログは連日1000を越えるアクセスをいただいております。
記事を読んで下さっている正義感の強い皆さんにお願いしたいことは、
島内の方であれば知り合いの議員への水難救助システムを創る
必要性についてのプッシュを、島外の方であれば、海保の赤色灯の問題について、
出来るだけ多くの人にこの問題を伝える手助けをして頂けたら幸いです。
マスコミにコネクションのある方、ネットで広く話を伝える方法を知っている方、
その他、良い案をお持ちの方、是非力を貸して下さい。

救えるはずの命を無駄に失わないために、救急医療の現場で何度も
亡くなった患者の家族とともに涙を流してきた私からの切なるお願いです。