共に生きたくない自称文藝評論家

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表現者 2016年 05 月号 [雑誌]


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自称文藝評論家で思想家で「小林秀雄の跡継ぎたらんとする人間」と自称する放送法遵守を求める視聴者の会事務局長である







大センセーが毎度毎度のFacebookでこんな事を述べていました。



僕が最初に思ったのは、大センセーの言う日本の危機って何だろう?記憶によると確か人口減少社会だつたやうな気がする。

そして、文学思想にお詳しい大センセーの事ですからご存知かと思いますが、今日本国内で起きてる問題って実はコールリッジが活躍してた頃のイギリスで似たような事が起きていまして、その時に当時の保守党政権は今の安倍内閣と真逆である社会主義的な政策をやったんですね。
国民を守る事が政府であれば、国民を飢えさせるような政策というのは打たない事を第一に考えるのですが、そこはそれ、これはこれでは通用しないところまで安倍内閣は自由化政策を進めている。
一応大センセーの肩を持ちますと、安倍内閣でも社会保障政策はやっているんですが、それが伝わってこないのはわかりやすいのが、待機児童問題で都市部では足りない、地方では余っているという状態なんです。日本全体で見れば数を増やしてきたのは間違いないが、足りない。
ならば地方に移住できるように地方創生という政策を売っていますが、これの成果を挙げるには予算が足りなかったり、地方独自の政策がどれも似たようなものだったりしています。
そこで予算を組んで成果が出たら人は移住するのか?
そうは簡単にいかなくて、都市から地方へ移り住むには最低限インフラを整備しておかないといけなくて、そのインフラ整備の予算も人手も足りない。だから財政出動という事を安倍さんが言い出したとしますが、国家が行う政策には連動性があるというのに気づくのに3年かかっているということです。

次に大センセーが肩を落としかねない事実として、大センセーが「まともなのはシェースクピアとアガサクリスティくらい」と施光恒先生の目の前で言った(https://youtu.be/6bt0Z1DeB8Q?t=48m21s)英語圏の文人や文化人、思想家というのはこういった連関していることをわかっていて政治的な発言をしているんです。
例えばコールリッジは国家経済を庭に例えて説明をしていましし、安倍さんも好きなチャーチルはノーベル文学賞を受賞している作家でもありました。
そして大センセーが大したことはないと断言した英語圏の文人は実は大センセーが2014年4月19日にご自身の巣穴である創誠天使塾で言った(僕は参加者として聞いた証人)「僕は経済はわかりません」と言ってしまったことでイギリスの文人や文化人以下だと宣言してしまつたのです。

更に大センセーは身を捨てても浮かばれなくても本望と思える人間とは「共に断じ共に生きるに値せぬ」と断言していますが、これは「共に断じるに値せぬ」だけで意図は伝わるのにわざわざ「生きるに値せぬ」と付け加えています。
これは「オレの考えに賛同できぬ者は生きてるに値しない」という取られ方をされると思わなかったのか?
文藝評論家を自称するならばこうした言葉の使い方には注意を払うべきです。

こんな認識で文学思想に専念と言われても例えば西洋と東洋を比較して東洋の方が優れているという文化論を書かれても困りますし、政治と文化は密接な関係であるという思想の基本を弁えているか怪しい大センセーに政治も文化も思想も語って欲しくないなというのが僕の認識です。



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