フェルデンクライス ~ カラダは自由の翼

いつまでも、自由で暴れん坊で繊細でユニークな少女を抱えた女性たちへ。脳とカラダと人との関わりがあなたの世界を自由に変える。

Pippi Garden(ぴっぴガーデン)の目的は、
身体教育(フェルデンクライス)およびメンタルコーチングを通して、
"新しい「脳・心・つながり」を土台に、 関わるすべてのひとの才能を十分に使いきり、
自分らしくゆたかに生きていくお手伝いをすることです。




動きで脳と身体を活性化。
機能向上と自己信頼のメソッドフェルデンクライス
            ~レッスン・ワークショップ開催中~


        
葉。 半蔵門・地元♡東西線浦安の駅近で、レッスン開催。葉。
                       
                              
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 Functional Integrqratiom~機能の統合 ~ 
半蔵門他東京都内近郊 と浦安のコワーキングスペース「絆」にて、スケジュールご相談の上随時受付中です。メニユー詳細は、下記予約ボタンよりご覧ください

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お休みが長引きました。すみません。


私が私として生きていくために、フェルデンクライスは必要です。

ちゃんと自分自身を見ている視点

感覚、感じることに注意を払いつづけること。

それがあってはじめて落ち着いていられる。


ひとの感覚は肌着のようなもので、ぱんつみたいなもので、

着ていることを意識していなければ、はいていることさえ忘れてしまう。

自分につながっていなければ、他人に真につながることはできない。

アクセスしているはずのそれを忘れてふっとんで、

都合とか、ひとの目とか気にして、

そうして息苦しく窒息して大切な自分が死んでしまうのだ。


けれど、さて、ひとつ決断をして、仕事をすることにしました。
豊かなエキスパートであるために、

わたしが一番情熱を注いできた世界にしばらく飛び込みます。

どこまで続くかは神のみぞ知る。


ここに至るまで、ずっと祈り続けた。

私を守ってくれていると感じる、私の父方の祖母に。

生きているときは冷たいとしか思わなかったけれど、
ずっと私をそこにいさせてくれて、きっと今も私を叱咤激励していると感じる
亡くなってしまった以前の会社の社長に。


そして私は、祈りも信頼しているけど、

安心は、平和は、地道で現実的で、泥臭い作業の繰り返しだと思っている。

カスミ食って安心な食べ物語るひとを私は信じない。

命は見えないものでもあるが、手をかけて養うものだ。

祈って行動して、降りてくる事実ことこそ真実。


また試行錯誤しながら、現実を、未来を生きるのだ♪

※ただいま休業中。もうしばらくしたら、フェルデンクライスのレッスンも再開します。
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8月中は、基本的にブログはお休みいたします。

今、次に向けての準備中。

レッスンもお休みします。



9月からいろいろと動き出す予定です。

気が向いたら書くかもしれませんが。その程度の記事です(汗)


暑いので、みなさまお体にはご自愛を。




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神よお与えください。

変えることのできるものについて、

それを変えるだけの勇気を。

変えられないものは、それを受けいれるだけの落ち着きを。


そして、

変えることのできるものと変えることのできないものとを、見分ける賢さを。
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ブログ、おやすみ気味ですが・・・・。
今日はただのつぶやきなので、めんどうな方はここから戻ってね。

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先日、主催で久々にお茶会やりました。でも、本当に趣味のね。

ちいさなころから大好きで、
私の人格形成に多大な影響を与えた某作品のファンのあつまり。
会場セッティングして、スイーツ考えて、準備して、人を募集して・・・・。
自分自身にエナジー注ぐために、ただただ何の意図もなく、楽しみのために、
毎年7月に開いています。



でも、本当に好きなものって、
その人のものすごく純粋な源泉につながっているので、

いままで言葉にならず、奥底にしまっていた感情が
翌日になって涙とともにあふれてしまった。




思ったのよ。


私、ずっと「ひとは存在するだけでひとは価値がある」といってきました。

それを十分わかった上で、

そして、たとえば、オットのような大切なひとを大切にできることが
どれだけ私自身だけでなく、
他の多くのエネルギーを人にまわすかということもわかった上で、



私自身の好みとして、衝動として、

だからといって誰かにエネルギーを与えるだけでいる在り方の中に
私がいたいかというとそうではないということを強く思った。



わたしは、
小さなころから、ずっと、何かを変えたいと願って動きたい子だったとか

好奇心を原動力に、人がとっても好きなことだとか、

束縛されるのがキライで、
今は、人を頼りつつ自分自身でひとりで立つ「自立」に、核心があることとか、

語りながら
いろいろなことを発見しました。

いらしてくださった方がみんな何らかのエキスパートの方の女性が多かったので、
かつてそうなりたいと願い、働き続けてきた私は、
まだそうとは断言して言い切れないことにきづき、

それもとってもうらやましかった。


「うらやましい」なんて感情は、ここ何年もなかったのに。


でも、この暗い飢えこそ、わたしの本音のお知らせ。





だからまさにもう一度。ここでコミットを唱えます。


存在することとさらに生きることは違うのだ

あらためて、





存在した上で生きていい、



あれこれできないこともいっぱいで、
常に世の中に適応できないのではとどこかで怯える私は、
具体的な現実から逃げてきた。


でも、私の傍らに来てくださる方が自然と元気をチャージしてくださるようにになっていってくれるようになったと感じる私が、

今はようやく両方存在しています。


そして、少し言えば、長い間に自尊心が上がるにつれ、
私が女性であることがとても大切になっています。


迷いながらずっときてましまったけど、

どんなにわたしに能力があろうと、
しまっているだけであれば、それは何ものでもない。


9月くらいから再度エキスパートであると言い切れる
カタチにするチャレンジします。

器用でなくても逃げずに。

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ついでに大好きな


「平安の祈り」を。













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すごく納得したので、リンク張りました

心屋じんさんのプログ


遠慮なく、いただく
遠慮なく、助ける

遠慮なく、助けさせてあげる
遠慮なく、もらってあげる。

させてくれて、ありがとう。
もらってくれて、ありがとう。

助けてくれて、ありがとう。
与えてくれて、ありがとう。


この、対等のバランス。

そんな平和

:::::::::::::::::::::

自分だけでがんばるって、かえって傲慢なんじゃないかな。



心屋仁之助じんさんのブログ 「心が風になる」
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今月もグループレッスン開催します♡


◆7月21(火) 半蔵門 麹町セラピーシステム 

◆10:30~11:40


お申込みはこちらから




「不可能を可能に、可能なことを優雅に」

byモーシェ・フェルデンクライス





何をしていても、

自分の快適な状態に戻れるようになります。


そもそも今自分自身が何を感じているか、ということに敏感になれます。

ひとは、いつからでもみんな柔軟で変化できる存在だということを

脳とからだから知ることができます。


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ぐるっと回った感。というのが、最近の感慨。

最近知り合った方のために、てんころりんて、どんなひと?をあらためて。


小さなころから感受性が強く、
思春期からいろいろなことに違和感があり、
原因不明の恐怖症に長年悩まされつづけました。

理解してくれるひとがそばにいないことが悲しくて、
心理職になりたいと、大学は、心理学へいきました。
卒業するときは、狭き門のいろいろな試験に落ちまくり、
その翌年もチャレンジするか迷いましたが、


でも、当時のわたしって、とっても危うすぎて、
このまんま人の面倒なんか見ちゃいけないと思って、
社会経験が必要だと思って、企業人になりました。
そこからひとりで生きていくために、かなり長い間勇ましく働きました。
どこへ行っても定着できず、
あれこれと追い出されるようにやめることの多かった20代。

何らかのエキスパートになったほうが幸せだと確信をもって、
30を前に、どう進むかもう一度選択。
戻る?企業人で居続ける?


結局産業カウンセラーの資格とってみて、
ずっとやってきた食のプロとしてその道をまっとうしようと決め、
フードコーディネーターになりました。


このころから商品開発になり、、
コンビニのメニュー開発プロジェクトの渦中にいましたが、、
働きすぎてうつになり、
燃え尽きて、
人の中に入っていけなくなりました。



2年間の終結までのカウンセリングを通して、


知能言語にまったく問題はないが、
かなり能力に特長のある凸凹があることが
わかったのもこのころ。


「ひとりでは生きられない」ことを痛感し、
「できないことをひとに助けてもらえる人になること」を決意して、再就職。




毎日を生き延びるために、
食事、身体、コーチング、あらゆるサポートの手段をやってみる中で、
その中にフェルデンクライスがありました。
最初のころは、日々生き延びることでせいいっぱいで、
休日は倒れるように12時間とか寝ていました。

けれど、就職した健康産業で、
はじめてボスと職場に恵まれて、、
自然食の世界で、
企業内のフードコーディネーターとして、
メーカーから販売までをつなぎ、全国を駆け回り、
安心安全な食べ物の普及に情熱を燃やしていいました。
自分の思いをどうしても伝えなければならない局面の毎日で、
コミュニケーションを徹底的に鍛えられました。

日々の食べ物の質が変わりました。


仕事と、フェルデンクライスの週一回のレッスンのいききを5年間。

東洋思想を食事を通して体系化した
マクロビオティックも徹底的に勉強する機会に恵まれて、
実践をする中で、意味んなく生まれてくる生命はないこと、
自分自身も生かされていることが深く落ちました。


けれど、
渾身働いた企業は倒産し、企業人としてはそこでおしまいです。


身体と、食と、コミュニケーション、メンタルのありかた、
特に、フェルデンクライスでは、
結局のところ、やっていることが
かつて学んだカウセリングのプロセスと限りなく近いことに気づき、


誰しもが、わたしを「ダイナミックに変わった」「別人のようだ」
という変化をとげたのがおもしろくて、
フェルデンクライスの教師になりました。


そこからは、個人のサポートをしています。


・・・・・という、意図的にかなり無味乾燥な書き方の略歴ですが。

今は、
自分の中のダークサイドも、やっと浮上して、
(これは近いうちに書きたいと思います)
浮上したら、結局のところ、
古臭い言い方だけど、わたしたちは生かされていること、
見えないものにまもられていることが法則であると信頼ができました。


やっと、
どこかで、やっと、本当の意味で、私が
何かを必死にとりにいかなくても、
私自身のありのままで、
人のサポートをしていいときがやってきたよ、という声がしてるのです。
穏やかに。


身近なひとを大切にしながら、

ひとが死ぬまで発達し、成熟しつづけることを信頼し、
今いる場所で、
自分の力を発見すること。
不可能を可能にすること。

あらゆるひと、特に女性が、
才能を発揮して生きられる世界をつくること。

それが私の願いです。




ということで、

最近、

Pippi Gardenと、
庭をもうひとつ持ちました。(架空ですよ ^^)

Gardenという言葉が好きです。
みんなが自由に遊ぶ場所。


Be Matuerブーケ2 Garden


Matuerとは、「成熟」という意味。
ひとは、死ぬまで変わりつづけ、発達しつづけるのです。
フェルデンクライスでももっとも理想的なひとの姿であります。


ずっと本物のみんなのあつまるお庭やツリーハウスが欲しいといってきたけど、

わたし自身がお庭になりましょうドキドキ


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レッスンでもよく起きること。「楽に自分のペースで動いてください」という指示で、「楽じゃなくちゃいけない」とがんばちゃうひと。


第一はそれはわたしの指示が的確でないのかもしれないんだけど、

でも、楽じゃなくても、
ただ、そのときのそのひとのペースで動くことが大切。



「~しなくちゃいけない」という時点で、

 力は抜けなくなるし、

まして、そうできない自分を責めちゃったり、がはじまって混乱がはじまる。 





日常でも、

『しあわせじゃなくちゃならない』

『前向きでなくちゃならない。』

目指す状態がいわゆる「とても大切なかけがえないもの」でも、

「~じゃなくちゃならない」と自分に指示しちゃった時点で、

すでに、

前向きじゃないし、

しあわせじゃなくなるよね。




その前に、そんなふうにあれこれ思い、考えている

とっても弱い、あるいはとってもずるくて腹黒く思える、

自分を全部ゆるしてあげよう。


そこにとどまって、もっと真実があるからと迷って、それをとことん見ようとする、

自分の強さとけなげさをほめてあげよう。




わたしたちは、自然の中に生きてる動物でその中の運びにいるだけ。

たとえば季節を見ればわかること。

冬があり夏がある。

昼があり夜がある。

血液は、赤くなって青くなり、浄化されてまためぐる。




そう。

モノゴトってさ、

正しいと正しくないとか、良いとか悪いとか、

いったきり、両極端をいくか、でなければ戻るしかないなんてない。

裏とか闇があってあたりまえで、

この世は陰陽がめぐっているだけ。


幸せも不運と思えることも、みんなめぐっている。




変化っていきなりはやってこなくて、

季節のかわりめのように、

昼と夜のうつりかわりのように、

今が闇に思えても、

いったりきたり、

めぐりめぐって、

だんだんと闇の中にいる時間が短くなる。




そして、闇があることがわかっていて、

そこに行くのも出るのも自分の選択だとやがて理解する。





身体のこと一緒でね。

新しい動きを獲得するには

そりの轍がくりすかえすうちにちゃんと道になるように、

いろいろな状態をにいったりきたりしながら確実にそのひと自身の居場所がやがて変わる。







ありたい状態を
「そうでないといけない」と自分で決めると、

その状態いがいの選択をできなくなる。

何より、それは、「今の」あなたの想定でしかない。

新しいやりかたしようと選んだときは怖いよね。

怖いのはあたりまえだよ。

それはいままでと違う世界もあることに気づいた兆し。


でも、何よりも、今していることに罪悪感という最大のガンコ者が居座っていると、

どうなるかって、ともかく固まって動けなくなる。

闘うか

逃げるか、

固まるか。

人の脳は、危機を感じたとき、生き延びようとこの3つの選択をする。




そして、たいてい、

罪悪感のある場所をかぎつけて、

外からどんどんゴミが投げられる現象が起きて、、

自由であることをよけいに邪魔される。






でも、

知らなかったもっと違う世界があると知ったとき

自由って、実は最初はとても怖いものに見えるのだ。















いいんだ、

何があっても堂々としていて。



だってすでにもう
不安になるくらい、こわくなるくらいに、
あなたはそんなに頑張っているんだもの。





そしてそういう時間は、
身近なひとに、いっぱい頼って、聞いてみて、甘えてみる練習の時間です。


ひとは、どんなに自分を大切にしてくれようとする良いひとでも、

そのひとの人生を生きているだけ。

だから、向き合ってみる練習。



頼るのが相手に悪いって?

あなたは、

大切なひとから、心からつらさをうちあけられて、頼られることをどう思うだろう。

「頼ってさしあげる幸せ」もあるはず。

 つまり、相手にとっては、「頼っていただける幸せ」です。


自分だけで思っていることは、自分の外に出してみると案外

想定と違う答えがかえってくるかもしれない。、

でも、本当のことは、言葉にしてきいてみないとわからないから、
きいてみることじたいをまよっちゃってる自分ごとを目の前のひとに投げてみてもいい。




あなたが真剣なことをわかっている、
あなたのことを大切に思うひとなら、きっと受け止めてくれる。







そして、良いお知らせは、

自分のせいで起きることほとんどない。





多くがじぶんが観るものの選択次第です。











だから、何も問題はないよ。


わからなくていいし、

悩んでいいし、

後ろ向きで、弱くていいよ。


弱い自分も、黒い自分も、どこにもいけず迷っている自分も

今はただ判断せずにただ見てみるだけでいい。

愛おしんで、まずゆるしてあげよう。






たぶん本当に「楽になる」って、

そこから始まるんじゃないかな。
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さようなら、過去のわたし。


6月になると思い出すのは、
最後につとめた倒産した自然食の会社のこと。

前日の夜ボスが、わたしに囁いた
「明日だ。だいじなものはキープしておけ」

一か月も前から、お世話になった取引先と次々と取引が止まり、
覚悟を決めて最後までつきあったけど、


朝いったら、電話に出ることを禁じられて、
「お昼までにすべての荷物を持って出ていってください」
だなんてさ。





仕事だか遊びだかわからないくらい大好きだったお仕事で、

世の中と一緒に動いている実感もあり、

その世界のプロだという誇りもあり。



「わたしは人から信頼されることがわからない」とかつて泣いていたわたしが、

信頼されるということを人生ではじめて理解し、

ひとと仕事をする醍醐味を覚えた。


わたしがうつから抜け出したのは、

仕事を続けたかったら。

一緒に働きたいひとがいたから。


あの会社がなかったら、

今のわたしはありえない。



でも、今は
そのプライドがとってもジャマです。


年数がたつにつれ、
わたしの姿は、過去の栄光にすがる元重役オジサンと一緒 笑
今のわたしは、


ずっとそのときからちゃんとたくさんの選択をして、

生活して、経験をしたわたしで。


身体もハートも、
強さ弱さの質が変わりつづけてる。




もう思い出すのも書くのも、これが最後。


覚悟決めて、今のわたしで、

もう一度リスタートいたします。
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ちょっと今日は、悪態っぽいんですけど、


何ができても、できなくても、ひとは幸せなんだけど、



ときどきであう「わたし、何もできないですぅー」とあえて

口に出していうおかた。



特に、20代ならまだわかるけどさ、

わたしと同年代でそんなこというって。


できないっていって、どうするんだろうね。

あなたは、自分の生きてきた道筋に、何も見出してこなかったか?


社会で成功したとか、特別何かが飛びぬけてできるとか、そういうことではなく、

まいにちにしあわせを見つけ出す才能、

ただ、在り方の問題。




たぶん

「だってわたし、こういう人だし」

と、


自分を愛することも、やってきたことをみることもなく、

そこにとどまるのは、居心地がいいのかもしれないけどね。


そして、なにもチャレンジしたことのないにおい。



一瞬前は若気の至り。

人は日々、一瞬一瞬変わっていく

細胞は生まれ変わり、

ハートの情報とエネルギーは休みなく循環し、


体も心も同じことなんて、一瞬もなく、

1分前のわたしは、今のわたしとは違う体と心のひと。








自分に悪態ついても、何も役に立たない。

でもそれ以上に、

どこかにすっかり自分の運命お預けしちゃって、

生きることや、感じること、

日々おきていることを見ることを

放棄している気がします。




誰もあなたの人生を生きるひとは他にいない。


それはさ、

謙虚ではなく、傲慢なだけだよ。




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