25年以上も前から欲しくてたまらなかったレコードが、オークションに出品されていた。


 『自主盤非売品/山梨大学合唱団/佐々木基之/童謡』


 山梨大学合唱団の合唱で、当然、アカペラ。 佐々木基之さんが、「分離唱」 という画期的な手法を使って指導していたときの作品である。



 大学に入って合唱を始めて、ちょうど1年経ったときの春、私が静岡に帰省していたときのことである。 山梨大学の演奏会が静岡で開催された。 そのときの山梨大学合唱団の指導者が佐々木基之さんだった。 佐々木基之さんが山梨大学の指導を始めて数年が経過したときであろう。


 合唱を始めてからの1年の間にいろいろな合唱を聴いていた。 FMラジオで合唱が演奏されると全て録音しては何度も聴いていた。 そして、機会を見つけては、合唱のコンサートにもよく行っていたので、一般的に、「素晴らしい合唱」 と言われるレベルは、わかっていたつもりだった。


 しかし、山梨大学合唱団の演奏会は衝撃的なものだった。


 こんな美しい演奏があっただろうか。 ここまで素晴らしい合唱は初めてだった。 それぞれのパートの声が1つに聞こえる。 それに、女声が40人ぐらいで、男声は10名に満たないというアンバランスな人数構成にもかかわらず、パートの声量のバランスが、実に素晴らしい。 なによりも、ハーモニーの美しさに驚いた。 今まで合唱の練習のときに 「ハモっている」 と表現してきたことが、まったく 「ハモっていない」 ことであって、 「本当のハーモニーは、こうだ!」 というのを、見せつけられたのだ。


 テープレコーダを持って行き演奏を録音していた。 この演奏会で録音したカセットテープと、そのときに会場で買った 「耳をひらく 人間づくりの音楽教育 」 という本が、私の音楽のバイブルとなった。 私の傾注の仕方は徹底していた。 私が所属していた合唱団の他のメンバーにも、その本を買ってもらい、「分離唱」 を、実践したりしたのだ。 個人でも、大学の教育学部のピアノの練習個室を借りては、耳の訓練を徹底的に行ったのだった。


 カセットテープは、何度も聴いたため、大学を卒業する頃には、伸びてしまい、聴くことができなくなってしまっていた。



 あれから、30年近く経とうとしているが、 昨年、「分離唱」で検索して出てきた 「耳をひらいて心まで 分離唱のすすめ 」 という本を買い、久しぶりに 「分離唱」 を、思い出している時期でもあったし、さらに、「楽しくすすむ佐々木ピアノ教本 和音から入る音感教育 」 という教則本を買って、ピアノの練習を始めている時期でもあったのだ。


 趣味で作っている MIDI を使って、分離唱による音感教育ができないか試行錯誤もしている。 それぐらい 「分離唱」 に、はまっているのだ。


 「分離唱」 は、ピアノで和音を弾き、その和音に自分の声を溶け込ませるようにするだけである。 「ピアノの和音と合った」 という感覚が、実に心地よい。 合唱や合奏の 「全員で一つの音楽を作り上げる」 というのは、全員がそのような感覚になっている状態である。 いつか、そのような合唱の中で歌いたい。

 そんなときに、「山梨大学合唱団のレコード」 が出品された。 しかも、見つけたのは、オークション締め切り1日前。 半年ぶりに 「分離唱」 で、検索した結果だった。 1800円で入札されていた。


 これは、落とすしかない。


 幸い、4,700円で落札することができた。  1万円ぐらいまでなら買うつもりでいたので、充分満足である。 早く聴きたい。 本当のハーモニーの中で、耳を遊ばせてみたいのだ。



 唯一の問題は、レコードプレーヤが無いという、些細なことだけである。