自分史、自伝をつくるうえで、どうしても挿入したくなるもの。


それは写真です。


実際に私がお手伝いさせていただいている自分史、自伝においても、表紙をはじめ、各章それぞれに写真を入れてほしい、という要望が多々あります。


カラーで入れるのか、白黒で入れるのか。
それによって値段が異なるのですが、そこでいつも思うことは、「写真を大切に取ってあるかどうか」です。


現在はほとんどの写真がデータによって保存、管理できます。
枚数制限も限りなく「ない」に等しく、小さなマイクロチップ一枚に何百、何千という写真が保存できます。


しかも気に入った写真だけを選んで、コンビニで簡単に現像できる時代です。


ところが、これから自分史を書こう、自伝を書こうとされている多くの方が、アルバムで写真を保管されています。

私も子どもの頃の写真はすべて、アルバムで保管しています。


長い年月のなかで、火事や地震など、思わぬ災害に見舞われて、アルバムを消失してしまうことがどうしても起こり得ます。


マイクロチップも消失すれば同じことですが、そのまえにパソコンや携帯電話、さまざまな媒体にデータをコピーしておくことができます。


津波の被害にあわれた方が、まずはじめに捜した物は、アルバムだったそうです。


自然災害に限らず、引っ越しの際に誤って捨ててしまったり、大掃除の際にどこかへ失くしてしまったり。
普段くり返して見るものではありませんから、いざというとき、なかなか出てこなかったりします。どこへ入れたのかわからなくなったりします。


写真は自分史、自伝をつくるうえで、「絶対に必要」というわけではありませんが、やはりあれば必ず役に立ちます。


自分史、自伝に挿入する写真に限らず、当時のことを思い出すのに、とても効果的です。日記ではどうしても補えない「視覚」を写真は補ってくれます。


それほど、写真はとても大切なのです。


最近ではアルバムをまるごと、データ化してくれる業者もありますので、もし不安でしたら、そちらにお願いすることも有効ですね。


自分史の書き方/講談社
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もしかしたら、もう観られた方もいらっしゃるかもしれませんが、『エンディングノート』という映画があります。


監督は、この作品がデビュー作となる砂田麻美さん。
プロデューサーに、映画『誰も知らない』や『そして父になる』の監督でも有名な、是枝裕和さん。
主役は驚くべきことに、監督の砂田麻美さんの実父、砂田知昭さん。


ガンの宣告を受けた知昭さんが、自らの人生を振り返りながら総括して、「エンディングノート」を残していく姿をつづったドキュメンタリーです。


知昭さんは、高度経済成長期を支えてきた仕事ひとすじの営業マンでした。ところが会社を退職して、第二の人生を歩みはじめた矢先に、重度の胃ガンが見つかります。


そのとき、知昭さんは「エンディングノート」と呼ぶべき「死ぬまでにやらなければいけないリスト」をつくりはじめます。


エンディングノートをとおして、知昭さんはみずからの死と家族に向き合い、家族は知昭さんの死と家族に向き合っていきます。


ドキュメンタリー映画ですから、カメラがまわっているという気負いや照れはあるかもしれません。ただ自分の娘が撮影しているため、そこにはありのままの知昭さんが映っています。


家族のつながりをひしひしと感じられる感動的な映画ですが、ここで映画の感想を述べることはしません。


いつかは書こうと思っているけれど、なかなか重い腰があがらない。


なにを書けばいいのか、わからない。


家族がどう思うのか、知りたい。


「エンディングノート」に関する不安、悩み、心配ごとはたくさんあると思います。しかもその悩みはどれも、だれかに相談しにくいものばかりです。


もしそんな風に感じていらっしゃるのでしたら、映画『エンディングノート』をぜひ観てみてください。


この映画に答えがあるとは言いません。あなたの「エンディングノート」は世界にひとつしかないからです。また、「エンディングノート」に関わるあなたのまわりの物語も世界にひとつしかありません。


ただかならず、「エンディングノート」に対するヒントがたくさん詰まっているはずです。


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コツコツとつづけてきた自分史を、ついに書き終えたときの達成感はひとしおです。大きく背伸びをして、原稿を見て、感慨にふける。
そのときは、すぐにでも製本して、書籍のカタチにしたくなるでしょう。「表紙をどうしようか」と考えはじめるかもしれません。


ところが翌日、自分史を読み返してみると、ここにもあそこにも修正箇所がある。また、文章もなんだかおかしいし、さらには「自分の歴史とは、これですべてなのだろうか」と不安になる。
「もっと書くべきことがあるのではないだろうか。なにか大切なことを忘れてはいないだろうか」
その不安を感じられる方が多いようです。


そこで、自分史を書き終えたら、時間を置いて、推敲(すいこう)することをおすすめします。


推敲とは、自分の書いた文章を読みなおして、間違っているところ、おかしなところ、違和感のあるところを修正していくことです。


こんな体験はないでしょうか。


深夜、快調に文章を書き進めて、「これはうまく書けているぞ」と思うのですが、翌朝読み返してみたら、恥ずかしくて読めたものではない文章になっている。


この感覚が、推敲に通じています。


つまり、書き上がった自分史から、距離をとってみるんですね。
たとえば、一週間であったり、一ヶ月であったり、長ければ半年であったり。時間を置いて、なるべく客観的な視点をもって、もう一度自分史を読み返してみる。


そうすることで、誤字脱字はもちろんですが、文章の流れであったり、表現のおかしなところが浮かび上がってきます。



また、時間を置いているあいだに、「ああ、あれも書こう。これも書こう」と思い出すことがあるかもしれません。
「やっぱり、あの部分はもっと詳しく書きたいな。あそこはもっとさらりと流すぐらいでいいかな」と思うこともあるかもしれません。


読みなおす推敲を面倒くさいと感じられる方もいらっしゃいますが、小説家も推敲をします。推敲をしない小説家はいません。

それほど、一冊の書籍をつくるうえで、推敲は必要なことなのです。


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