5/23京都MUSE 「ブロウダウンナイト」
昔、昔、ある所に、、、あっ
昔、昔、、大阪府枚方市という所に、
「BLOW DOWN」というライブハウスがありました
そのBLOW DOWNというライブハウスに、サウンドエンジニア、通称「PAさん」をしている、
「森健一」という、鼻たれのガキンチョが、ガキンチョらしく生きていました。
森健一少年は、メジャーデビューというものに憧れていましたが、どうすればいいのかまったくわからず、その結果、夢は自然消滅、、、
何故なら、森健一少年が鼻たれのガキンチョな頃は、インターネットなんて、一般社会に出て来たてほやほや、、、携帯電話もごっついし、、、ポケベルがやっとなくなったぐらい、、、
今みたいに、自主制作でほいほいCDも作れなかったのです、、、
デモテープってやつですよ
PCでCDRやけないし、、、CDRデッキは、100万円超える時代、、、
メジャーデビューってのは、どっかの「おとぎ話」だとおもっていました、、、
でも、
せめて、メジャーデビューを志す人達の手助けが出来る事をしたいと、PAになった森健一少年。
そして森健一少年は、家にいるより、BLOW DOWNにいる方が遥かに長く、入り浸り、楽しみ、幽霊が出ると噂もなんのその、、、第二の我が家的に、ほぼ住み着いていました、、、
「これが青春というものか」
「違うのか」
「いや、そうだろう」
「やっぱちがうのんか」
無駄に、文字、改行を使い、
森健一少年は「やっぱ、青春っす」と思いました。。。
BLOW DOWNというライブハウスで、何千というバンドと、数々の仲間と出会い、
メジャーデビューを果たすバンドを間近に見る事も出来、メジャーデビューというものが、「おとぎ話」ではなくなった頃、、、
森健一少年は、「もう一度自分も出来るんじゃないか」「いや、出来る出来ないは別にして、やりてぇぇーーよぉぉぉーーー」と、思い立ち、
「Cunning Anty」というバンドを結成
直訳すると「ずる賢い アリ」
AntyはAntの造語です。
アリはみんなで同じ作業をするけど、そこからはみ出して、自分の生き方を見つけよう。
そんなカッチョイイ想いが込められました。
そして、そんなカッチョイイ想いとは裏腹に、Cunning Antyはブランクと経験不足な森健一少年が足をひっぱり、なかなかのダサいバンド、、、いや、けっこうダサイバンド、、、
そんな森健一少年を受け入れてくれるBLOW DOWNで、下積みライブを必死にし、CDRがやけるようになった時代に便乗し、DEMO-CD-Rを作成。
やっと周囲から、「良いバンドやな~」と言われるようになった「Cunning Anty」
森健一少年は森健一青年になり、「Cunning Anty」も、めでたく、力になってくれる事務所、レコード会社から、1枚のミニアルバム、1枚のフルアルバムをリリース。
当時を振り返り「CDショップの視聴機に自分のバンドがいたり、第一線で活躍してるアーティストと並んでピックアップされてるのは涙ものでした」
と、
過去の、米粒ほどの栄光に、調子に乗る森健一青年。。。
まぁ、Cunning Anty列伝は、また別の機会としまして、、、
森健一少年の音楽の原点
それが、BLOW DOWNです
今はもう、潰れてしまったBLOW DOWN、、、
風俗店に変わってしまったBLOW DOWN、、、
悲しすぎて店に行ってしまった人もいるんじゃないでしょうか
BLOW DOWN最後の月、イベントで、Cunning Antyで出演させてもらった森健一青年、、、
最後まで我慢しようとしましたが、ステージで無様に号泣した森健一青年、、、
そんなBLOW DOWNを原点と想う仲間、そして今でもBLOW DOWNを愛している方々で、行うイベント
5/23京都MUSE 「ブロウダウンナイト」
です。
何年も前に潰れたライブハウスのためにイベントなんて普通しないっす
さすがBLOW DOWNと育った仲間達と育ててくれた方々
楽しい一日にするべく森健一青年は頑張るそうです
昔、昔、、大阪府枚方市という所に、
「BLOW DOWN」というライブハウスがありました
そのBLOW DOWNというライブハウスに、サウンドエンジニア、通称「PAさん」をしている、
「森健一」という、鼻たれのガキンチョが、ガキンチョらしく生きていました。
森健一少年は、メジャーデビューというものに憧れていましたが、どうすればいいのかまったくわからず、その結果、夢は自然消滅、、、
何故なら、森健一少年が鼻たれのガキンチョな頃は、インターネットなんて、一般社会に出て来たてほやほや、、、携帯電話もごっついし、、、ポケベルがやっとなくなったぐらい、、、
今みたいに、自主制作でほいほいCDも作れなかったのです、、、
デモテープってやつですよ
PCでCDRやけないし、、、CDRデッキは、100万円超える時代、、、
メジャーデビューってのは、どっかの「おとぎ話」だとおもっていました、、、
でも、
せめて、メジャーデビューを志す人達の手助けが出来る事をしたいと、PAになった森健一少年。
そして森健一少年は、家にいるより、BLOW DOWNにいる方が遥かに長く、入り浸り、楽しみ、幽霊が出ると噂もなんのその、、、第二の我が家的に、ほぼ住み着いていました、、、
「これが青春というものか」
「違うのか」
「いや、そうだろう」
「やっぱちがうのんか」
無駄に、文字、改行を使い、
森健一少年は「やっぱ、青春っす」と思いました。。。
BLOW DOWNというライブハウスで、何千というバンドと、数々の仲間と出会い、
メジャーデビューを果たすバンドを間近に見る事も出来、メジャーデビューというものが、「おとぎ話」ではなくなった頃、、、
森健一少年は、「もう一度自分も出来るんじゃないか」「いや、出来る出来ないは別にして、やりてぇぇーーよぉぉぉーーー」と、思い立ち、
「Cunning Anty」というバンドを結成
直訳すると「ずる賢い アリ」
AntyはAntの造語です。
アリはみんなで同じ作業をするけど、そこからはみ出して、自分の生き方を見つけよう。
そんなカッチョイイ想いが込められました。
そして、そんなカッチョイイ想いとは裏腹に、Cunning Antyはブランクと経験不足な森健一少年が足をひっぱり、なかなかのダサいバンド、、、いや、けっこうダサイバンド、、、
そんな森健一少年を受け入れてくれるBLOW DOWNで、下積みライブを必死にし、CDRがやけるようになった時代に便乗し、DEMO-CD-Rを作成。
やっと周囲から、「良いバンドやな~」と言われるようになった「Cunning Anty」
森健一少年は森健一青年になり、「Cunning Anty」も、めでたく、力になってくれる事務所、レコード会社から、1枚のミニアルバム、1枚のフルアルバムをリリース。
当時を振り返り「CDショップの視聴機に自分のバンドがいたり、第一線で活躍してるアーティストと並んでピックアップされてるのは涙ものでした」
と、
過去の、米粒ほどの栄光に、調子に乗る森健一青年。。。
まぁ、Cunning Anty列伝は、また別の機会としまして、、、
森健一少年の音楽の原点
それが、BLOW DOWNです
今はもう、潰れてしまったBLOW DOWN、、、
風俗店に変わってしまったBLOW DOWN、、、
悲しすぎて店に行ってしまった人もいるんじゃないでしょうか
BLOW DOWN最後の月、イベントで、Cunning Antyで出演させてもらった森健一青年、、、
最後まで我慢しようとしましたが、ステージで無様に号泣した森健一青年、、、
そんなBLOW DOWNを原点と想う仲間、そして今でもBLOW DOWNを愛している方々で、行うイベント
5/23京都MUSE 「ブロウダウンナイト」
です。
何年も前に潰れたライブハウスのためにイベントなんて普通しないっす
さすがBLOW DOWNと育った仲間達と育ててくれた方々
楽しい一日にするべく森健一青年は頑張るそうです