とある学生

おもに研究について書きます。


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すごいなあ。

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部分的に2段組にしたいときの記述

\usepackage{multicol}
(略)


\begin{multicols}{2}

 2段組にしたい文章

\end{multicols}


ちなみに文全体を2段組にしたいときは


\documentclass[10pt,a4paper,twocolumn]{jarticle}


を書くだけでいける

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今月の20~22日にかけて研究室展覧会をやってました。昼間の1時間ちょっとの間でしたが、予想以上にたくさん人がきてくれました。

「イジロー」は声も出せるようになって(以前は非常に不気味な声でしたが)多くの人にいじられました。

こんな感じでした。


ぱっと見ただけで操作が理解できる直感的なインタラクションというのが研究室のテーマではありますが
本当にぱっと見ただけで触る前に操作がわかる(予感できる)ものというのは本当はごく一部のものなんじゃないかと思います。操作を予感できるということはギャうに考えると他の動作をしないような制約がついてしまうんじゃないかと考えてます。

たとえばスケートボードをするような動作をユーザにさせたい場合、極端な話デバイスはスケートボードそのまま模したものにすればよいわけで。現実に存在して生活になじんでいる道具やものを再現するのが一番いいっていうことになります。

それはそれでいいんだとおもうんですけど、こんどはそのデバイスに応用が利かない。
直感的なインタフェース(デバイス)というのは行き過ぎると他の用途から離れてしまう。
多くのコンテンツを持つ必要があるデバイスは形に抽象性をもたせないといけないんですね。
そういう意味で予感ができるデバイスというより触ってみてすぐに操作がわかるもの、というのが、一番ちょうどいい線なのかなと思いました。

ってか言いたいのはそこじゃなくて。
結局直感的なインタラクションっていうのは「目的」ではなくて「手段」なんだなと。

操作が直感的というのは○○を実現したいっていう目的を達成するために必要なのであれば使うべき手段っていうだけ。
もちろん直感的な操作を実現することは有意義だし、とくに今回の作品でも直感的な操作はキャラクタをより自然なものとして認識されることに大きく貢献していると思う。
ただ、直感的である「だけ」であるものはいいものにはならないなーと。
やはりコンテンツも重要なんだなぁと。

あしたは論文提出。気を抜かずに頑張ります。
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