小山孝次のこれまでの歩み~中学校から高校まで~ | 絆をつなぐサポーター 足立区出身の行政書士の歩み

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ブログのタイトルを変えました足立区鹿浜の行政書士 小山孝次です。


さて前回の出生から小学校までのプロフィールを読んで頂きありがとうございます。


今回はその続きで中学校から高校までです。


また少し長くなりますが、読んで頂けると嬉しいです。

【中学校】

中学校ではその当時Jリーグが盛り上がっていてサッカー中心でした。

小学校の時に地元のサッカークラブに入っていましたが、

全くうまくなかったので、中学では初めバレー部に入部していました。

それでもサッカーが好きでよく友達と公園でサッカーしてました。

そんな時に友達から「サッカー部に入らないか?」

(なんか漫画のセリフみたいですが^^;)

と言われて2年生の時に入部しました。

バレー部より練習がきつくて何回も辞めようと考えましたが、

踏ん張ってなんとかついていきました。

部員が少なかったこともあって、

ほぼ未経験ながら試合にも出させてもらったのですが、

ミスばかりでもうがむしゃらに走りまわることしかできませんでした。

そして中学最後の公式戦ではいい成績を残そうと部活以外でも集まって練習し、

その甲斐あって1回戦を勝つことができましたが、

残念ながら2回戦で負けてしまいました。

けれど、何かに一生懸命に取り組んだ結果だったので心に残る1勝でした。

そして部活も終わりいよいよ高校受験。

学歴社会という言葉にほぼ全員が一つでもよい進学校に

入るために必死に勉強をしていました。自分もその中の一人でした。

当時全く勉強できずサッカー同様何度も挫けそうになりましたが、

がむしゃら根性で勉強し、ぎりぎりでしたが

なんとか志望校の都立上野高校に入学することができました。

【高校】

僕が通っていた高校では文武両道の校風が強く、

服装も自由でオープンな学校でした。

そんな高校で出会ったのが音楽。

あるとき軽音部の友達と「楽器ってかっこいいよなぁ」なんて話していたら、

文化祭でライブをするからベースで出ないかと誘ってくれました。

楽譜も音符すら読めない状態で誘われて最初は断ろうと思いましたが、

こんな経験はそう簡単にできるものではないと思ったので、

思い切って出させてもらうことにしました。

文化祭まで3ヶ月くらいだったと思うんですが、

その日から毎日がベースづけで

暇さえあればベースを弾いていました。

その当時ビジュアル系バンドが全盛期の時代で

演奏曲もルナシーの「ROSIER」だったのですが、

テンポが速く弾き終るといつも手が痙攣していました。

そして、文化祭当日はもう緊張とライブの熱気でものすごいテンション。

何度かミスはありましたが、演奏が終わるとなんともいえない高揚感に満たされて

あの時誘いを断らずに一生懸命にやったことが

今まで感じたことのない未知の世界を知ることができたので

参加して本当によかったと思いました。

そんな高校生活でしたが、いよいよ大学受験シーズン。

あるとき受験に向けてどんな進路にするかを決めるために

「現代社会」で興味のある職業や活動について

一人で調べて発表するという授業がありました。

そのときあるクラスメイトが弁護士の事について調べていて

その友達はもともと弁護士になりたいという想いがあったらしく

かなり詳しく調べていてその彼の話を聞いて法律で困っている人を

助けるという仕事に魅力を感じて

自分も「法律で人の役に立ちたい」という想いで

法学部受験することに決めました。


大学から現在までのプロフィールはこちらです。


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