まさに晴天の霹靂です。それまでも何度か一緒に調査に出掛け、車中で名水探検隊の話をし、隊員の水ネタに賭ける意気込みを知らないはずはないのに、そのときまでそんな話は一言もしてくれなかったので、その言葉は衝撃的でした。本来の調査目的も忘れ、一刻も早く現場に行きたい衝動に駆られましたが、逸る心を面には出さず、あくまでも「ついで」を装って調査することにしました。


木曽路名水探検隊のブログ-小坂バス停  木曽路名水探検隊のブログ-小坂商店

 その場所は、町営バスの「小坂」バス停の近く。酒屋を営んでいるらしい小坂商店の脇の奥まったところに、その水場はありました。板塀に「天然炭酸水」と書かれた看板が掲げられ、その下には石の手水鉢が水を湛え、その傍らには「水神」と彫られた石碑が据えられています。板塀の下にわざわざ作られたコンクリートの切れ込みから何やら水が流れ出ています。同行した町役場の職員もその存在を知らなかった様子で、「ひょ、ひょっとして、これは大発見では」と期待は高まるばかり。恐る恐る手を伸ばして水を掬い、一口啜ってみることに...


木曽路名水探検隊のブログ-天然炭酸水

 「あれ? 『天然炭酸水』じゃなかったっけ?」


木曽路名水探検隊のブログ-手水鉢と水神

 その水には炭酸水特有の刺激がありません。灰沢鉱泉や旧湯のようなピリッとした感じが全くないのです。我々の気配に気付いて外に出てきた商店のおかみさん曰く「それ、炭酸水じゃありませんよ。」でも。確かに「天然炭酸水」と書かれた看板が掛けられているし、そんなに古い看板でもない。では、「天然炭酸水」はいったい...


 おかみさんによれば、最近まで炭酸水が湧き出していたそうですが、この夏、おばあさん(おかみさんのお母さんか)が体調を崩したころから泉が細り、今は涸れているとのこと。では、ちょろちょろと流れているあの水の正体は?――山水を引いているとのことでした。


 思いがけない展開に落胆し、その場はお礼を言って立ち去ったのですが、「天然炭酸水」への思いは断ち難く、後日、おかみさんからもう少し詳しく話を聞くことができました。


 この辺りは、昔から天然の炭酸水が湧出するところで、小坂さん宅のほかにも何か所かで湧いていたそうです。泉質はまちまちで、小坂さんの炭酸泉は比較的飲み易い方だとか。小坂さん宅より上の泉では、その昔殿様のための温泉場も設けられていたそうで、殿様が入りに来るときは村人が供応に駆り出されるので、その負担の重さからか、温泉場はいつしか廃れてしまったという言い伝えも残っているとのこと。「殿様」とは福島の代官でしょうか。(それにしても、「殿様の接待が面倒だからやめちまおう」ってことでしょうか。)


 小坂さん宅前の道は、古くから御嶽信仰の信徒が往来する道で、ひところ、その信者に利用してもらうために温泉を設けようという話もあったそうですが、バスが走るようになって通る人も減り、計画は立ち消えになって、炭酸泉はもっぱら飲用に供されるだけになりました。


 泉は、洞穴のようになっているところから湧き出していて、時期によって泉質や湧出量が変化したそうです。長野県西部地震直後は、酸味の強い水が湧いたとか。泉質は胃によいと言われ、割水にも適したそうですから、左党には涸れたのがいかにも恨めしい限り。


 今でも馴染みの客が汲みに来るといい、涸れたときには洞穴を調べようかとも思ったそうですが、水の流れを変えてよくないことが起こるのを心配して、そのままにしているとのこと。おばあさんの具合がよくなって、また泉が湧き始めたら、今度こそ味わいに出掛けたいものです。(aki