その2 
 自宅に戻ったときには夜になっていた。思っていた以上に荷物が増えてしまい、運ぶのにも苦労した。最初はビデオだけを持ち帰ろうとしていたが、自宅のビデオデッキの調子が悪かったことを思いだし、ついでにそれも貰って帰ることにした。

 原付にエロビデオとデッキを積んで走る三十路男というのもかなりイタイものがある。俺も楠木のことを言ってられない。原付の前や後ろや足を置くところ、座席の中にまでビデオを積み込み、落とさないようにコケないようにとゆっくりバランスをとりながら走ってきた。なんだかんだ言っても俺もビデオを大切に扱ってる。やはりエロビデオは男にとって永遠の宝物なのだなと納得した。

 そういえば戦場で女性の写真を持っているだけで何かと優遇されたと聞いたことがある。そういうものはよくできた後日談なのだろうが、あっても不思議ではなかったように思う。江戸時代では春画が出回り後生大事に使われていたとも聞いた。もしや父から子へと代々伝わるような代物だったのだろうか。味わい深い話しではあるが、今でも相続され続けているとしたらどうなのだろう。名家なら15才になった日に渡される儀式のようなものまであるかもしれない。「長男は15になったその夜に、これで抜くのが当家のならわしじゃ」俺ならそんなこと父親から言われたくはない。言ってないか。言わないよな。しまった、つまらぬ妄想をしてしまった。

 貰ったデッキのセッティングを終え電源を入れてみた。まずはビデオを入れずに映りだけの確認をした。テレビのチャンネルをビデオにあわせると、ブラウン管の中央に小さな光が現れた。光は次第に広がり始め、最後には人の姿を映し出した。

 それは見覚えのある顔だった。楠木だ。テレビの中に楠木が居る。俺はビデオの中にテープが残ってないかを調べてみた。何も出てこない。空なのだろうか、それとも取り出し装置の故障だろうか。

 俺がもう一度テレビに視線を戻すと、楠木も中から俺を見つめていた。
「おう! ひさしぶり!」中の楠木が話しかけてきた。

 どうせ手のこんだ悪戯だろうと思っていた俺は、驚きはしなかった。俺はデッキのビデオの取りだし口の蓋をこじ開けてみた。排出装置が壊れていても、蓋ぐらいなら手動で開けることができるはずだ。中にテープが残っているかは確認できるはず。しかし無かった。何も無い。

「テープは入ってないぞ。再生中じゃない。こっち向けよ」中に居る楠木がまた話しかけてきた。

 俺と楠木は暫く無言で見つめ合った。
「悪戯だろ?」俺はまだ疑いながらも楠木に話しかけてみた。ここでどう切り返してくるかで悪戯のデキがわかるというものだ。

「悪戯じゃないよ」と楠木が答えた。こんな答えならあらかじめ録っておくこともできる。

 俺は服を脱いで裸になって訊いてみた。
「俺は今何を着てる?」
「フリチンだ。見たくないから服着ろよ」

 俺は画面に股間を押しつけてみた。
「俺は今何してる?」
「何してるって、かなり奇異な行動をとってるな。気持ち悪いからやめてくれ。電磁波が睾丸に悪いかもしれないぞ」
 それを聞いた俺はそのまま気が遠くなっていった。これは電磁波の所為じゃないことだけはわかっていた。

<つづく>