平賀淳という男は、熱い男だった。
そして、とことん優しい男だった。
その優しさは、自身が強くなければ突き通す事の出来ない優しさで、あいつがいつその様な力を手に入れたのか?僕は不思議でならない。
亡くなったから美化している訳では無い。
彼を知る人なら頷けると思うが、彼は、他人の為に血を流せる強さと、困難を弾き飛ばすユーモアを常に持っていた。
その姿は、出会ってから、亡くなるまで一つも変わらなかった。
彼はとても綺麗な魂のまま亡くなった様に思える。
こんな事を言うと「馬鹿やろう!お前に何が解るんだよ!」と奴につっこまれそうだが、今となっては本当にそう思える。
とにかくそんな男だから、平賀は、色んな人に愛された。
あれは、いつだったかな?
記憶が曖昧だが、僕らは在学中、夏休みを利用して京都へ旅行へ行った事がある。
お互いお金が無いので、小田原辺りから鈍行で何時間もかけての旅だった。
当時、僕らは、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」に熱中していて、自身を龍馬に照らし合わせていた。
「俺が龍馬で、君が中岡慎太郎ね。」
僕はそんな事を言って、龍馬の気分でその舞台となった京都の街を歩いた。
実際のところ、気質は、平賀の方が圧倒的に坂本龍馬だった。
京都の一泊目は安宿に泊まり、二泊目は、平賀が以前、京都へ来た際に(なんらかの遠征)知り合ったというパイプ会社の社長さんのマンションに泊めてもらった。
その社長さん(当時50代後半ぐらいの方)の話では、銭湯の電気風呂に入ってる平賀を見て、面白そうな奴だと思い、話しかけたら、面白かったので、そこからの付き合いになるとおっしゃっていた。
平賀は、そういう人たらしなところがあった。
僕らは、豪勢な食事をご馳走になり、マンションでもお酒を頂戴した。
社長さんは、二十歳そこそこの若造相手に楽しそうだった。
社長「僕はね、社長業をやっているから、人を見る目はあるつもりだけど、この平賀淳と言う男は、凄い男になると確信してる!だからこの先、彼がどうなっていくのか楽しみで仕方ない!」
お酒も入っていたせいか、社長は何度も繰り返し平賀を褒めちぎった。
坂本龍馬の気分でいた僕は、この社長さんからは相手にもされず、疎外感と劣等感で、早目にふて寝した事を覚えている。
とにかく平賀は、瞬時に人を魅了してしまう男だった。
そして自尊心や承認欲求が溢れ出た20歳の自分には、平賀は眩しい存在だったのかもしれない。
以前は噛み合っていた歯車が、成長の過程で噛み合わなくなる事は、よくある事だ。
平賀は、世界に飛び出してどんどん大きくなっていった。
僕が映画学校を卒業し、アルバイトに汗を流していた頃(当時、自主制作用のビデオカメラを買う為に、建築現場や解体現場で働いていた。)平賀から電話があった。
平賀「かずお!今すぐ沖縄へ来い!どうせ何もしてないんだろ?宿と飯の心配はしなくて良いから来い!」
詳しくは聞かなかったが、彼はこの時、沖縄に滞在して仕事をしていた様だ。
僕はその場は断ったものの、数日して、行ってみようか?という気分になり、折り返し電話してみた。
平賀「ごめん、予定が変更になって沖縄を発つ事になったからあの話、無しになった。」
来いと言うから真剣に考えたのに。
若い僕は、この時、彼と口論となった。
平賀「沖縄に来たいと思ったんだろ?だったら自分の力で来れば良いじゃないか!」
珍しく平賀が感情的に反論して来た。
彼は、議論はするが、喧嘩になる様な口論はしない男だった。
そしてこの後彼は、一方的に電話を切った。
平賀とは何度か喧嘩をした事はあったが、自ら会話を辞める事はしなかった。
納得いくまで話し合うのが、彼のスタンスだった。
その彼が電話を切ったのだ。
僕らはもうもう噛み合わなくなってしまったのだろう。
成長の遅い自分に嫌気がさしたのだろう。
無理もない、当時の彼は、世界を旅して、多くのものを吸収し、一回りも二回りも大きくなっていた。
いつまでもゆっくり回る、小さな歯車では噛み合わなくなるのも当然だ。
当時の自分は、そんなふうに考えて、ひねくれていた様に思う。
結局のところ僕は、平賀に甘えていた訳だ。
平賀が言う通り、行きたければ、一人で行動すれば良かったのだ。
その行動力の無い自分の不甲斐なさを棚に上げ、僕は平賀を責めた訳だ。
そして、この件で、僕は、人との距離について学んだ。
当時の自分は、友との絆を確かめる為、壊れるまで叩く様な所があった。
でも友情というものは、確かめるものでは無く、信じて育むものなのだ。
相手に期待せず、結局独りなのだという意識も大切だ。
それは一見、寂しく聞こえるが、むしろ、自身がどれだけ人を信じられるのか?
その決して派手では無い、静かな戦いこそが、唯一の愛ある道なのかもしれない。
とにかくあれだけ人に寛容で優しい平賀を怒らせたのだから、当時の僕は困った男でした。
もっとも後日、平賀はあっけらかんと連絡して来る訳ですが。
でもこの一件で、僕は、平賀との付き合い方を変えた。
自身の成長の為にも、僕は平賀との距離を考えなけれならないと思ったのだ。
(次に続きます。)