ショートショート『金と地位』 | きりんズBar

ショートショート『金と地位』

『金と地位』



人は疲れてるとどういう訳か、何もかもうまくいかなくなる予感に支配される。
今夜、僕はそんな予感でいっぱいになり、久しぶりにウイスキーのグラスを片手に、とことん酔ってみたい気分になっていた。

僕は、あるバーに入ってカウンターでゆっくりとウイスキーのロックをやっていた。

すると、僕の横にはいつの間にか1人の男が座っていて、僕に話かけてきた。


「君は、嘘をついている。」

僕は、唐突過ぎるその話に一瞬むっとしたが、何もかもどうでもいいと思っていた心は、同時に好奇心も沸かせていて、ついその話に乗ってみたくなった。 


「急に失礼じゃないですか?でも、いったい私がどんな嘘をついていると言うんですか?」


すると男は、

「そうこなくちゃいかん。少し正直になったようだ。では、言ってあげよう。君は、金と地位に異常に執着があるようだ。なのに、ないような顔をして生きている。」


僕は、今度は本当に腹が立った。


「どうしてあなたにそんなことがわかるんだ?私は、そんなことはないよ。金も地位も別に必要以上欲しいと思ったことはないよ!」

「ほら、またそうやって嘘をつく。欲しいものは正直に欲しいと言う方が健全というものだ。さぁ、欲しいと言ってみなさい。」


「何ぃ!お前は私のことは何も知らないくせに、なんなんだ!」 


「ほら、剥きになる。図星だった証拠じゃないか!」


僕は、我慢できなくなって、立ち上がりその男の胸ぐらを掴んだ。


いや、実際は掴んではいない。掴もうとした瞬間にその男は消えてしまったのだ。

マスターは驚いて僕の方に飛んできた。


「お客さん、大丈夫ですか?」


僕は我に返って、丁重に謝った。


しかし、さっきのやりとりははっきりと記憶に残っている。

なぜ?僕はあんな幻影をみたのだろうか?


僕は、金と地位をそんなに意識したことなど、ないはずなのに…。


悪魔の所業?それとも天使のささやきだろうか?


僕は、帰宅途中なんども呟いてみた。 


「金と地位が欲しい。金と地位が欲しい。俺は、金と地位の亡者だ。」 


明日から何か変化があるのだろうか?


幻影よ!よかったらまたやってきて、その先を教えてくれないか?


『金と地位』完。